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  • 奇跡が余白に舞い込む理由

    反転授業に関わるようになり、主体的な学びとは何かというテーマについて考え始めて3年が経過しました。

    生徒の主体的な学びを引き出すためには、教師と生徒の関係性を変えていかなければなりません。

    関係性とは、両者の在り方だから、生徒にだけ一方的に変化を求めるのではなく、教師も同時に変化することで、関係性の変化が起こるのです。

    主体的な行動が起こるためには、余白が必要です。

    余白があると、様々な想定外のことが起こります。

    工業化社会における教育システムでは、学校も工場のように決められた予定に沿って秩序正しく動くことが求められ、「想定外のこと=エラー」と見なし、余白を徹底的に排除してきました。

    教師の仕事の多くは、余白を与えないことに使われてきました。

    だから、余白を与えるという行為は、これまでの在り方を大きく変えることになり、教師にとってはある種の恐怖を伴う行為なのだと思います。

    僕自身も、かつては、教室で授業をするときに余白を排除してきました。自分が思ったとおりに授業が進むことを目指し、そして、その通りに10年以上、授業をやってきました。

    5年前から反転授業を始め、授業の中に余白を作り始めるとすぐに気づいたことがありました。

    それは、「余白には、奇跡が舞い込む」ということです。

    つまり、想定外というのは、悪いことばかりではなく、よいこともあるわけです。

    想定外のよいこと=奇跡は、余白を作ったからこそ起こりえることです。

    しかし、余白を作ったからといって、いつも奇跡が舞い込むわけではない。カオス状態になり、そのまま崩壊してしまうこともあります。

    余白に奇跡が舞い込むための条件は、いったい何なのでしょうか?

    いろいろな実験の末、私が気づいたことを書いてみたいと思います。

    条件1 奇跡は、縁をたどってやってくる

    なぜ余白を作ると、想定外のことが起こりえるのかというと、そもそも自分が想定できる範囲範囲というものは、常に限定されているからですね。

    すべての範囲を想定できる知性は存在せず、それぞれが、限定された想定範囲のもとで考えて行動しているのです。

    しかし、幸運なことに、私たちは、それぞれ異なる考えや経験を持っているので、複数の人たちの考えを重ね合わせて和集合を作ると、1人では想定できない広い範囲をカバーできるようになります。

    余白を作ることで、複数の人たちの考えを重ね合わせることが可能になったとき、その中の誰もが思いもよらないやり方で、目標が達成される可能性があるのです。

    だから、自分の状況をオープンにしていくことで、よい方法を知っている人が入ってきて助けてくれたり、新しいアイディアを持ち込んでくれるスペースを作ることが大切になってくるのです。

    でも、どうやったら、そのスペースに人が入ってきてくれるのでしょうか?

    それには、普段から作り上げている信頼関係のネットワークが大切になってきます。

    僕は、信頼関係でつながった人たちが、繋がりをたどってやってきて、助けてくれることを何度も体験しました。

    フィズヨビでは、受講生のみなさんに、何度も助けてもらいました。

    想いの部分が共通してたり、協力し合って目標達成をしたり・・・さまざまなきっかけで縁を紡いできた人たちが、利害関係を超えて動いてくれたときに、余白に奇跡が舞い込むのです。

    それならば、余裕があるときには、積極的に、他人の余白に自らを投じて奇跡を起こしていこうという考えが生まれました。

    そのようにして、普段から縁を大切に紡いでいけば、自分の想定を超えた様々なことが周りで起こっていくような奇跡に満ちあふれた人生になるのではないかと思ったのです。

    条件2 在り方を発信する

    「余裕があるときに縁を紡いでいくと、余白に奇跡が舞い込むようになる」という仮説に基づき、5月からペイフォワード予算10万円を、毎月使うことを始めました。

    見返りを求めずに、自分が本当に応援したい人、縁を大切にしたい人に対して、感謝と応援の気持ちを表現するために、5万円、10万円というお金を寄付していくのです。

    5ヶ月間やってみて、気づいたことがあります。

    それは、特定の人にお金を払うことで応援しているということに留まらない結果をもたらしているということです。

    一つは、お互いの持つ信頼関係のネットワークを繋いでいくことができるということです。

    少なくない金額を応援のために払うことができる相手は、僕が信頼している相手だけです。

    ペイフォワードをするという行為は、「僕は、この人を信頼しているんですよ!」ということを、周りに示す行為です。それは、「田原が信用しているのなら、信用できる人なんだろうな」ということで、信頼関係のネットワークをつなぎ合わせていく効果をもたらします。

    もう一つは、自分の在り方を発信しているのだということです。

    「みなさん~ 田原は本気でペイフォワードをしていくような人間ですよー」という在り方を発信し続けると、いろんな人が安心して声をかけてくれるようになってきたのです。

    すごい頻度で、いろんな人たちと繋がり始めたので、いったい何が起こっているのかなと思ったのですが、おそらくこういうことではないかと思います。

    誰かと一緒に仕事をしたり、プロジェクトをしたりするときには、みなさんも、相手が「奪う人」なのか「与える人」なのかを見極めようとするのではないでしょうか?

    両者が「奪う人」同士なら、お互いに引っ張り合って、どこかで均衡します。

    相手が、「奪う人」で、こちらが「与える人」の場合は、こちらのリソースをどんどん奪われて疲弊してしまいます。

    両者が「与える人」の場合は、場に循環が起こり、創造のサイクルが回っていきます。

    ペイフォワード予算についての発信を続けていくことは、「私は与える人です」ということを表明していることになり、たくさんの「与える人」が、僕のところにアクセスしてきてくれるようになってきたのです。

    その結果、創造のサイクルが回りやすい状況が、次々に生まれています。

    5ヶ月間続けてきて、ようやく自分のやっていることの意味が分かり、言語化することができました。

    クラウドファンディングは、縁を紡ぐと同時に、自分の在り方を発信する機会

    僕は、クラウドファンディングを応援することが多いのですが、そのときに、ただお金を払うだけでなく、縁を紡げる相手なのかどうかを見極めます。

    そして、単にお金を払って応援するだけでなく、その人の活動にコミットして、一緒に達成を喜び合えるように応援していきます。

    さらに、クラウドファンディングが終わった後も、その関係を大切にしていきます。

    そのような在り方が、また、周りに伝わり、様々な縁をもたらしてくれます。

    今月、ペイフォワード予算の50%である5万円をつぎ込み、一緒にZoomイベントを行い、全力で応援しているのが、映画監督の古新舜さんです。

    僕が巣鴨学園で数学の非常勤講師をやっていたときに、古新さんは生徒として同じ学校に通っていたというところから始まり、ともに、早稲田大学理工学部応用物理学科へ進み、ともに、その後、予備校講師になり、今は、映像と教育とを結びつけた活動をしているという2人なので、強い縁を感じざるを得ません。

    そして、古新さんもまた、縁を大切にしながら、与え合って創造を起こしていく「与える人」です。

    クラウドファンディングは、本日(9月29日)が最終日で、達成まであと少しです。

    古新さんの活動を応援している僕は、のクラウドファンディングを応援してくださる人に心から感謝し、応援してくださる人と縁を大切にしていきたいと思っていますので、支援した後に、ぜひ、田原までご連絡ください。

    クラウドファンディングは、まさに、不確定な未来へ自分を投げ出していく挑戦です。

    古新さんが作った余白に、一緒に奇跡を舞い込ませてみませんか?

    古新舜が贈る!長編映画「あまのがわ」〜分身ロボットOriHimeと自分探しの旅〜

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  • 生きるためのx、自分と繋がるy

    生き物は、生まれた瞬間から学び始める。

    学ぶことは、生きることと不可分なのだ。

    外から情報を取り入れ、自分の中で統合し、身体知へと変えていくことで、外部を内部に取り込んでいく。

    このときに大事なのは、入ってきた情報に対してフィードバックループを回し、自分で取捨選択して統合していくというプロセスだ。

    何かしらの理由でフィードバックループが切断され、統合化のプロセスが回らないと、魂は呪縛される危険にさらされる。

    人間も自然の一部であるのにも関わらず、デカルトは人間の理性を自然と切り離し、理性によって切り離した記述空間を作り出した。

    その自然と分断された空間の中で科学は誕生し、科学は機械文明を生み出した。

    機械文明における規範は、すべてが予定通りに動くことである。不確定要素は排除すべきものであり、予定通りに動かない部品は不良品である。

    自然は、人間の居住空間から追い出され、コンクリートで固められた都市空間が誕生した。ここでは、すべてが予定通りに動くのだ。

    追い出されたのは、外部の自然だけではない。

    人間の内部に存在する自然も、不確定要素を生み出すものとして排除されてきた。

    社会秩序を構築するために、人間は内なる自然から沸き上がってくる感情を抑え、社会における役割を正確にこなしていくことを求められるようになってきたのだ。

    このような機械文明的な社会秩序を構築するために、学校教育が利用されてきた。

    一方的に大量の情報を流し込み、各自が自分の中でフィードバックループを回して統合する時間を与えないようにすると、子どもたちの魂は呪縛されていき、魂の上に蓋を創り、蓋の上に機械文明への適応のためのインターフェースを構築する。

    このようにして、機械文明を支える人間が大量生産される。

    機械文明がもたらした恩恵もある。機械文明が生まれなければ、私は、日本のどこかの田舎で、農業をして一生を送る以外の選択肢を持つことができなかっただろう。このようにインターネットによって様々な情報にアクセスし、ブログに記事を書いて多くの人たちに発信することができるのは、まさに機械文明のおかげだ。

    しかし、だからといって機械文明のもたらした闇を肯定することにはならない。

    きちんとフィードバックループを回し、主体的に機械文明の中で取り入れる部分を残し、捨てるべき部分を捨てる判断をしていくことが重要なのだと思う。
     
    機械文明は、自然のすべてを記述空間の中に写し取り、思い通りに管理できるはずだという証明されていない前提に基づいて突き進んできた。
     
    しかし、1970年に見つかった「カオス」により、非線形システムの挙動は予想不可能であることが記述空間の内部で証明された。生命は、まさに非線形システムであり、その振る舞いを予想し、制御することは原理的に不可能なのだ。
     
    「自然を完全にコントロールする」という機械文明の思い描いた夢は、すでに実現不可能であることが確定しているのだ。

    現在、機械文明がもたらしている深刻な問題は、2つの自然破壊だと思う。

    1つ目の自然は地球だ。自然を克服するという旗を掲げて突き進んできた機械文明は、毎年、地球の生産量の1.5倍を消費するようになるまで膨張してしまった。自分の乗っている宇宙船地球号を食いつぶしていった先には、当然ながら未来は存在しない。

    もう1つの自然は人間の魂だ。蓋によって封じ込められた魂は、暴力的に発露する。それは、自分自身に対する暴力(=病気や自殺)という形を取ったり、他人に対する暴力(=ハラスメント、差別、戦争)といったものが起こりやすくなる状況を生み出す。

    この状況をどのように変えていけば良いのだろうか?

    一番最初に戻って考えてみよう。

    機械文明は、デカルトが内なる自然である魂と外部世界とを切断し、分断を生み出したことから始まった。

    デカルトは、『方法序説』において、複雑な現象を理解するために、十分に簡単だと思われる要素に分割して理解した後、それらを総合して全体を理解する分析と総合の手法の有効性を説いた。

    これは、機械論を支える要素還元主義を生み出した。

    しかし、自然は、分析と総合の手法によって理解できない存在だ。

    魚を切り分けてしまったら、「生きた魚」という存在は失われてしまう。

    非線形システムは、要素の集合体以上の全体性を持っていて、その全体性は分割によって失われてしまうのだ。

    今、私たちがやらなくてはならないのは、分断されてしまった世界を統合していくことだと思う。

    まずは、人間の魂と外部社会とを隔てる蓋を溶かし、人間の内部に生まれている分断を統合するところから始めよう。

    それが、生きるためのx、自分と繋がるyという学びを立ち上げようと思った理由だ。

    xやyには、各自が好きなものを入れて、好き勝手に初めて欲しい。
     
    まずは自分が先頭を切り、xに物理を代入し、「生きるための物理」をやってみる。

    9月18日に、そのコンセプトについて語る予定だ。

    「生きるための物理」とは何か

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  • ペイフォワード予算10万円を4ヶ月間使ってみて気づいたこと

    お金の使い方について、面白い実験をしている。

    2016年3月まで、毎月、10万円をリスティング広告に使っていたのだが、それをやめて、代わりにペイフォワードに使うことにしたのだ。

    4月から7月まで、毎月10万円ずつ使ったので、ペイフォワードに使った金額の合計は40万円になった。

    ちなみに8月も続けようと思っている。

    ペイフォワード予算を設定し、感謝と応援の気持ちからお金を使っていくという実験的な試みが、自分の内部と外部にどのようなことを引き起こしているのかを、みなさんと共有したいと思う。

    ペイフォワード予算を始めたきっかけ

    まず、どうしてこんなことを始めたのかということから説明したいと思う。

    きっかけは、僕の生活を支えている仕事であるフィズヨビを大きく変化させたことだった。

    このブログを読んでくださっている方はご存知かもしれないが、僕は、反転授業の研究というオンラインコミュニティを主催している。

    そこでは、外発的動機付け(飴とムチ)を減らし、内発的動機付けによって自ら学ぶことの大切さについて対話してきた。そして、対話が深まるに従い、自分の心が変容してきた。

    自分の心が変容すると、自分とフィズヨビとの間に不調和が生まれ、それまでのやり方でフィズヨビを維持することが難しくなってきた。

    日本の教育システムは、偏差値で序列化された大学というポジションを飴とムチに使い、大学受験というレースに生徒を駆り立てる仕組みである。その仕組み自体に疑問がわいてくると、そのレースに勝つ方法を教える「予備校」という存在を自分が続けていくことが苦しくなってきたのだ。

    しかし、「合格」や「成績が上がる」といった分かりやすいメリットを示して人を引き付けないと、仕事として成り立たないのではないかという思い込みを手放すことが難しく、心は変化を求めている一方で、なかなか一歩を踏み出すことができずにいた。

    変化を求める心に対して、恐れがブレーキをかけていたのだ。

    そのままの状態で1年が過ぎ、自分の心の中のダムが決壊する形で、2016年5月に、方向性を大きく変えたホームページを作り、新しいフィズヨビがスタートした。

    新しいフィズヨビでは、飴とムチに関わる表現を無くし、「自ら学ぶ・未来を創る」というキャッチフレーズとした。

    ホームページの変更に伴い、今までグーグルアドセンスに使っていた広告費10万円/月を再考することにした。

    フィズヨビを自然の摂理に沿った学びにシフトしたいと思ったときに、広告費に10万円/月払うという在り方がしっくりこなかったのだ。

    でも、今まで使っていた10万円/月をゼロにするのではなく、せっかくだから、これからのフィズヨビの在り方と一致する形で使いたいと思った。

    それで思いついたのが、感謝と応援に使うことだった。

    広告によって強引に人を集めるのではなく、ペイフォワードによる循環が起こって自分も生きていけるようになればうれしいなと思った。

    そう思ったらワクワクしてきて、始めることにした。

    最初の一歩

    自分のマインドセットを変えるために、とりあえずやってみようと思った。

    そして、自分が今の活動をすることができているのは、誰のおかげだろうかと胸に手を当てて考えてみた。

    そしたら、ワールドカフェホストのエイミー・レンゾーさんの顔が浮かんできた。

    ワールドカフェのことを教えてくれたのもエイミーさん。

    オンライン講座のやり方を教えてくれたのもエイミーさん。

    Zoomの存在を教えてくれたのもエイミーさん。

    エイミーさんからは、たくさんのものを受け取っているということに思い至った。

    ワールドカフェはオープンソースだから、誰でも自由に使うことができ、世界中に広まっている。その一方で、中心になって活動している人たちにはお金が回っていかない。

    ワールドカフェの恩恵を受けている人たちが、自ら自分の意志で感謝を込めてお金を払っていけば、愛を起点とした循環が生まれていくのではないか。

    そんな循環を意図して、まずは、自分から動いてみようと思い、エイミーさんにメッセージを送り、1000USDを寄付したいということを伝えた。

    自分はすでにたくさんのものをエイミーから受け取っていると感じているから、その感謝を表現したいんだと伝えた。

    エイミーさんは、驚いた様子だったが、僕の意図をよく理解してくれた。

    そして、社会に循環が起こるために何が必要なのかということについて、ふたりでいろいろなやり取りをした。

    やり取りをしながら、心の中に大きな満足感があった。

    何だか、今までにないクリエイティブなお金の使い方を見つけたような実感があった。

    最初のアクションの満足感が大きかったので、ペイフォワードをしばらく続けてみることにした。

    ペイフォワードすることによって起こった内面の変化

    この活動をする上で一番大事なのは、ロジカルに考えないこと。

    循環が創発するという自己組織化は、僕の限られた情報の中からロジカルに考えた答えからは出てこないのだから、それを手放そうと思った。

    その代わりに、お金を払うときに自分の中で喜びがあるかどうかという感覚にゆだねることにした。

    お金を払うことをイメージしたときに、感謝や応援の気持ちが自分の内部にあふれて、お金に魂を込めて相手に渡せるそうな気がするかどうかということで決めることにした。

    10万円というお金は、僕にとって大きいお金なので、

    ・自分が今の活動をできているのは、誰のおかげだろうか?

    ・自分は、どこに感謝を感じているだろうか?

    ということを、頻繁に考えるようになった。

    その結果、必然的に、自分の日常の中に感謝について考える時間が増え、生活が変化した。

    毎月、立ち止まって、10万円の支払先を考えながら、真剣に「自分はどこに感謝を感じているだろうか?世界のどこを応援したいと思っているだろうか?」と自問自答する時間を持つことで、自分の意識が変わっていくのが分かった。

    それは、

    「今、この瞬間、自分のエネルギーをどこに注ぐのがベストだろうか?」

    という問いにもつながっていた。

    毎月、これらの問いについて考える時間を作っているということに、すでに10万円以上の価値があるように思えた。

    ペイフォワードから始まった物語

    ペイフォワードするときに気を付けていることは、見返りを求めないということ。

    お金を「交換」ではなく、感謝と応援に使わなかったらペイフォワードにはならないと思うからだ。

    ペイフォワードするという行為が、相手の心を動かし、エンパワーし、次の創造へと繋がり、循環を起こしていくことを祈りながら、ただ払う。

    あと、最近気を付けているのは、ペイフォワードはお金だけではないということ。

    僕の頭の中には、損得勘定という慣れた思考の枠組みが存在しているから、そこに陥りやすい。自分がお金以外のペイフォワードを意識するようになると、他の人が自分にしてくれていることにも気付くことができるようになり、感謝を感じられるようになる。

    最近起こったすてきなことを、列挙してみる。

     

    (1)IAFの国際会議に参加することになった

    台湾で行われるIAFの国際会議の1つのセッションを、香取一昭さん、エイミー・レンゾーさん、僕の3人で担当することになった。

    僕をワールドカフェの世界に誘ってくれたもう一人の恩人である香取さんが、Hybrid Online Facilitation – Technology Accelerate Global Collaborationという分科会の共同ホストとして、僕を誘ってくれたのだ。台湾の会場と、Zoomのオンラインの場とをつなぎ、香取さんがリアルの場、エイミーさんがオンラインの場をファシリし、僕は台湾の会場にいてリアルとオンラインの場を橋渡しをする。今までやってきたバーチャルファシリテーションの実践についてストーリーテリングする機会もいただいた。実績十分の二人に交じって共同ホストをさせていただけることが、とてもありがたい。

    香取さん、エイミーさんと3人でZoomで行う打ち合わせが、すでに僕にとっては学びの宝庫だ。香取さんやエイミーさんが、どんな風に考えてワールドカフェの問いを作っているのかをまじかに見るのはとても勉強になる。台湾で多くのファシリテーターと直接会って話すことができることもすばらしい経験になると思う。

    (2)外国ルーツの子どもたちのオンライン講座のクラウドファンディング達成

    昨年から応援している田中宝紀さんが、Zoomを使った日本語のオンライン講座を配信するためのプラットフォームを立ち上げるためのクラウドファンディングを始めたので、ペイフォワード予算を使って応援した。

    クラウドファンディング達成を応援するために、オンラインイベントを企画したりもした。

    繋がることで共創のサイクルが回っていくことに喜びがあり、そこに自分のお金とエネルギーをつぎ込んでいくことに躊躇はない。

    田中さんのソリューションに、僕が取り組んできたZoomが採用されていることにも喜びがある。

    語り合うことからアイディアが生まれ、よいものが創造されていくことに希望がある。

    (3)江藤由布さん、桑原恭祐さんのラーニングスプラッシュのクラウドファンディング達成

    8月に一般社団法人オーガニックラーニングが実施するワークショップ「ラーニングスプラッシュ」は、反転授業の研究からも多くのゲストが登壇する。僕たちの未来を江藤さんと桑原さんが先頭に立って切り開いてくれるイベント。

    そのことがとてもありがたく、現地に行けない僕は、資金援助という形で応援することにした。

    教育界で、こんなことをやれるんだという先行事例を作ることで、後に続く人の道が開けると思う。

    その活動にコミットメントできたことに喜びを感じている。

    (4)筒井さんたちの社団法人にコミットすることになった

    反転授業の研究のオンライン講座は、運営ボランティア制度を導入している。これは、京都精華大学で筒井洋一さんがやっていたCT(Creative Team)を真似して導入したものだ。

    そのおかげで反転授業の研究のオンライン講座は、非常に豊かな学びを生み出すことができ、生態系のように信頼関係のネットワークが広がっていくものとなった。

    きっかけを与えてくれた筒井さんに感謝の気持ちを伝えてペイフォワードしたところ、現在設立準備中の社団法人の会員番号1番をいただくことになった。

    学びを外に開いていこうとしている筒井さんの活動にコミットできることはうれしい。お金を払うということは、コミットメントを高めていくということなんだという学びがあった。

    (5)フェアリー基金が設立

    実は、ペイフォワード予算を始める前に、そこにつながる素敵な体験があった。

    由佐美香子さんがやっているワークショップに興味があり、参加したいと思っていたけど、地理的に参加できないよなぁーと思っていたとき、バリコス企画の吉田恭隆さんが動画販売を始めてくれたので、継続してほしいという願いを込めて、少し多めに振り込んで、残りの金額を寄付した。

    それが動画販売の最初の試みで、最初の申込者である僕が寄付を申し込んだことで、企画自体が祝福された気持ちになったということで、予想外に大変感謝された。そして、僕が東京へ行く予定に合わせて由佐さんがワークショップを開いてくれることになった。

    そこから、由佐さんの講座をいっしょにオンラインで実施することになったり、吉田さんが一定金額以上の売り上げが上がったら動画を無料開放するという企画を立ち上げたり、活動がシンクロしながら縁が紡がれていった。

    そういう一連の流れを思い起こし、最初のきっかけを与えてくれた吉田さんにペイフォワードすることにした。

    吉田さんは、とてもよろこんでくれ、揺らぎから何かを生み出していくというプロセスに可能性があるといって、フェアリー基金というものを立ち上げ、そこに僕のお金を入れてくれた。このお金は、創造につながる揺らぎを増幅するために利用されていくとのこと。どんなことになるのかがとても楽しみだ。

     

    今まで、自動的にグーグルに広告費として引き落とされていたお金を、意図に沿って魂を込めて使い始めると、たった4カ月でいろいろな物語が生まれてきた。

    同時に、それは、僕の内在的世界を変化させるのにも大きな役割を果たすようになった。

    短期的、直接的なメリットが見えないものにお金を使うということに、僕たちは慣れていない。

    しかし、循環を意図するのなら、そこにこそ、お金を使っていく必要がある。

    いつまで続けられるかわからないが、8月もペイフォワード予算を使うつもりだ。

     

     

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  • メンタルヘルスのための匿名チャット「くまココ」

    自己組織化ファシリテーターの田原真人です。

    熊本地震の後、有志が集まりメンタルヘルスのための匿名チャット「くまココ」を立ち上げることになりました。

    「くまココ」が、必要な人へ届き、私たちが意図しているような使われ方をされることを願って、ここに私たちの物語と願いを書いておきたいと思います。

    田原真人(まさと)

    masato05

    2011年当時、仙台で物理の予備校講師をしていました。また、副業で「フィズヨビ」というネット予備校を運営していました。

    東日本大震災と原発事故をきっかけに予備校講師を辞め、仙台を離れました。

    そのときに、被害の程度の違い、置かれた状況の違い、放射能リスクの見積もり度合いの違い・・・・など、様々な違いが表面化し、自分の考えていることを口に出すのが難しくなり、孤立していくという経験をしました。

    表面的な繋がりは、地震と原発事故をきかっけに、脆くも断ち切られ、多くの分断が生まれ、当時の私は、それに対して何もすることができませんでした。

    しかし、その経験がきっかけとなり、「繋がりを取り戻す」ということが、大きなテーマとなりました。

    なぜ、私たちは、あの時に、簡単に分断されてしまったのでしょうか?

    それは、「私たち」のコミュニティを形成していなかったからじゃなかったのかと思いました。

    すでにある組織に組み込まれていく場合、最初に組織の掲げるゴールがあり、そこに必要な交換可能な「部品」として個人が組み込まれていきます。

    組織の中での個人間の繋がりは希薄で、個人は報酬を得ることを動機にはたらき、それぞれが決められたことをこなすことで組織が回っていきます。

    このような組織、社会において、個人は、いとも簡単に分断されていくのです。

    組織や社会のために人がいるのか?

    人が集まって組織や社会ができるのではないのか?

    ここに逆転現象が生じて、本末転倒の状況が生まれているように感じ、具体的に繋がりを取り戻していく行動を始めました。

    「反転授業の研究」というオンラインコミュニティを作り、テストのために学ぶのではなく、自ら動き、自ら学び、周りと協力して未来を創っていくような学び方へシフトしていくためにはどうしたらよいかを話し合いました。コミュニティは約4000人にまで増え、関係性の中から数々のドラマが生まれました。

    そして、それらのドラマによって、「私たちのコミュニティ」へと成長していき、コミュニティに生まれたドラマがメンバーに生きがいを与えてくれるようになりました。

    組織が先にあってそこに人が組み込まれるのではなく、人と人との繋がりから活動が自己組織化するのが本来の姿なのだということを実感しました。

    反転授業の研究では、「熊本×反転G 支援を反転する」という活動を始め、オンラインで繋がり、熊本からの発信に耳を傾けることによって、お互いにエンパワーし合うという取り組みをしています。

    東日本大震災から5年たち、私たちは繋がる力の持つ意味を理解することができました。

    どのようにすれば繋がりを取り戻すことができるのかも理解できるようになってきて、自己組織化ファシリテーターとしての活動をするようになりました。

    熊本震災が起こったとき、何もできずに分断され孤立した5年前の自分のことを思い出しました。ここで、5年間の学びの成果を生かすことができれば、自分自身にとっても大きな癒しにつながると感じています。

    2016年2月には、U理論の翻訳者、由佐美加子氏を講師に迎え、「全体性から生きるAuthentic Leadership 基礎特別編」というオンラインワークショップを実施しました。その中で、NVC(非暴力コミュニケーション)のワークを通して、聴くことがどのようにエンパワーに繋がるのかを体験を通して学びました。それらの学びも、今回の取り組みに役立つのではないかと思います。

    Ane Ein(エイン)

    エイン
    田原がエインさんと出会ったのは3年前。社会の構造的な問題を考えるためには、日本を外から見ないと分からないと考えて、Language Exchangeで学び合いのパートナーを探していたときに、当時、18歳だった彼女と知り合いました。

    アーティストであり、起業家でもある彼女の存在は、本当に大きな衝撃でした。

    社会のことや、教育のこと、精神のこと・・・様々なことをスカイプで話し合い、交流を深める中で、一緒に「Noovo」という会社を作って社会を変えていくことを決め、資金調達のためのクラウドファンディングを実施しました。

    こちらからそのときの連載を読むことができます。

    ヒエラルキーに満ちた社会をフラットにしていくためにできること

    連載を読むと分かるように、エインさんは、過酷な人生を送っています。しかし、それが、彼女の共感力や、本質をまっすぐに射抜く力の源にもなっていると思います。熊本震災のことを知ったとき、PTSDの発生などを心配し、匿名チャットのアイディアを出し、ロゴを作り、チャットシステムを立ち上げたのはエインさんでした。

    エインさんからのメッセージ

    I hope that it reaches many people.
    いっぱい人々に届いてほしい

    ありがとう、Masato
    この記事に大事なことをきれいにまとまってくれて

    江藤由布(ゆう)

    masato05

    「反転授業の研究」で繋がった江藤由布さんは、近大附属高校の英語教師です。エインさんのクラウドファンディングのときに「個が尊重される社会を作る」というビジョンに共感し、熱烈に応援してくれました。

    その後、高校教師という枠組みを大きくはみ出し、2015年には一般社団法人オーガニックラーニングを設立。テストのために学ぶのではないオーガニックな学びによって、人生の経営者を育てるための活動を始めました。教育について同じ志を持つ仲間として、さまざまな活動を共にしています。今年の4月には、田原が主宰する「反転授業の研究」との共同開催でオンラインワークショップ「YOU∞理論」を実施し、お互いが話を深く聴きあう中で根っこで繋がりながら掘り下げていき、根っこの想いに繋がるワークを行いました。

    江藤さんは、同じビジョンを持つ同士であり、心強い味方です。

    佐藤さわ(さわ)

    masato05

    仙台でSawa’s Cafeを営む佐藤さわさんも、東日本大震災をきっかけに人生を大きくシフトした一人。公認会計士を辞め、NPOこころの休憩所を立ち上げ、人と人との繋がりを大切にするために活動を始めました。

    エインさんのはじめたクラウドファンディングを応援してくれたころから縁が深まり、社会の逆転構造を、再逆転して元に戻していくための活動をともにするようになってきました。

    Sawa’s Cafeは、社会変革の実験台として、収益をすべて公開し、経営者である店主とお客さんの境界を取り払って一緒に運営を考えていくというやり方を実施しています。

    社会変革ファシリテーターのBob Stilgerさんの著書『未来が見えなくなったとき、私たちは何を語るのだろう』を読んだとき、すぐにさわさんに紹介しました。この本には、東日本大震災のときに私たちが感じたこと、そして、今、生まれようとしていることが書いてありました。

    私は、Bob Stilgerさんに連絡を取り、スカイプで話をし、活動を応援することを約束しました。

    昨年、Bobさんと榎本英剛さんが東北ラーニングジャーニーを企画していることを知り、そのことをさわさんに伝えると、さわさんが、参加することになりました。

    福島各地を訪れ、現実を目にし、アクティブ・ホープの「つながりを取り戻すワーク」などを行うラーニングジャーニーを通して、さわさんは、多くの人たちと繋がりを深めていき、仙台を拠点に力強い渦を巻き起こしています。

    「全体性から生きるAuthentic Leadership基礎編」「YOU∞理論」などの活動も共にし、聴くことについて共に学んできました。

    さわさんよりメッセージ

    誰かに話すだけで気持ちが楽になることは絶対にある」というのは、Sawa’s Cafeのコンセプトでもあります。でも、相手の顔を見ながら弱音を吐いたり愚痴を言うのは、私自身がとっても苦手。だから、顔を出さずに匿名でただ流れていくような掲示板は、使いかた次第で本当に救いになると信じています♪

    広本 正都子(せつこ)

    masato05

    東北ラーニングジャーニーでBobさんの通訳を務めていたのがせつこさんでした。せつこさんは、フランス在住ですが、Bobさんや榎本さんの活動に共感して、手伝うことができればということで、はるばる東北へやってきました。

    せつこさんとさわさんが、東北ラーニングジャーニーを通して繋がりました。

    Bobさんが、仙台のSawa’s Cafeを訪問したときに、オンラインでつないでもらい、田原とせつこさんもそこに参加しました。

    7月には、持続可能な社会の在り方を学ぶためにジンバブエに行くラーニングジャーニーが企画されていて、さわさんは、そこに参加することを予定しています。せつこさんも通訳として参加するそうです。

    縁は、国境を超えて紡がれています。

    田中力磨(りきま)

    masato05

    りきまさんは、滋賀県で自宅を使って「塾みたいなもの」をやっています。普通の塾と違うのは、教えるのではなく、育てることに重心を置いているところ。感情に素直に従うりきまさんの在り方に触れているうちに、子どもたちが自分から学び始めるのです。

    りきまさんが経営しているブリッジに興味が湧き、インタビューさせていただいたことから縁がつながりました。

    専属コーチのブリッジ代表、田中力磨さんインタビュー

    りきまさんが、今の仕事をするようになったきっかけは、就職した会社でパニック障害を発症して、何度も転職をせざるを得なくなったことでした。しかし、それが、自分としっかり繋がって生きるという今のりきまさんの在り方に繋がっているのだと思います。

    在り方をテーマに対談もしました。

    阪神大震災の記憶を持っているりきまさんは、今回の熊本地震に対して何かをしたいということでチームに加わりました。

    りきまさんからのメッセージ

    『僕はこのプロジェクトをボランティアだとは思っていません。これは自己デトックスです。自分の経験や体験したことが、誰か一人にでも届けばと思っています。幸せの根が繋がれば幸せな人が増えると思っています。』

    片橋匠(たくみ)

    masato05

    田原が開催するオンラインの試みに熱心に参加してくれた熊本大の大学生がたくみさんでした。

    海外志向が強く、様々なことにチャレンジしていました。

    私と初めてリアルで会ったのは、出張先のシンガポールでした。たくみさんは、インターンでシンガポールで来ていて、ご飯を食べながらいろいろなことを語り合いました。

    熊本で地震が起こり、被災したたくみさんは、避難所の小学校から冷静なレポートをFacebookに投稿し続けていました。

    協力して何かができないかと思っていたときに、たくみさん、エインさん、さわさんから「くまココ」のアイディアが出てきて、それに私も参加することにしました。

    自分自身も被災している状況の中で、たくみさんが現場で動いてくれたことで、くまココを立ち上げることができました。

    こんにちは。熊本の大学院生の片橋です。熊本地震により「増幅された分断」を、避難所など各所で目の当たりにし、途方にくれました。 健常者とハンデがある人。若い人、年配の方。家が無事だった人、全壊だった人。生き残った人、お亡くなりになられた方。被害がひどい所、割と無事な所。物資が行き届いた避難所、全く足りない避難所。そして、立ち直りが早い人、耐え難い苦しみを抱えておられる方。 そうした分断は、震災が起こる前からも、実はずっとそこにありました。ただ、表に出ておらず、見えていなかっただけです。そうした分断に、被災してから気づきました。 お互いの立場こそ違えど、同じ被災者であり、熊本に心を寄せる仲間です。相手の立場に完全になりきる事は不可能だけど、1%でもいいから寄り添い、分断の壁を乗り越え、より建設的な復興をデザインしていきたい。「くまココ」が、そうしたささやかな場所になりますように。

    林和文

    masato05
    片橋さんが、大学1年生だった5年前に出会ったのが、子ども向けのプログラミング教室(ハッカデミー)を経営していた林和文さん。

    林さんが長年勤めていた会社を退職して立ち上げたハッカデミーは、年齢や肩書き、学校や会社の枠を飛び越えて、子どもも大人も集まってくる場所で、皆がそれぞれの好きな事に夢中になり、遊びながら学び、学びながら遊ぶという場所で、大学での学びにやりがいを見いだせなかった片橋さんにとって、熊本にあるMIT、松下村塾のようなかけがえのない存在になったのだそうです。

    林さんと片橋さんは、カフェで毎週のように語り合い、起業家精神やIT、人生相談まで何でも語りあい、片橋さんが留学するときには、林さんが、

    「自信や可能性を狭い場所に閉じ込めるのは、もう終わりにしよう。見切り発車で熊本から世界に飛び立つんだ!」

    と声をかけてくれたおかげで決意を固めて踏み出すことができたのだそうです。

    しかし、熊本地震の1カ月前に突然の火災によりハッカデミーが全焼し、追い打ちをかけるように熊本地震が起こりました。

    林さんは、そんな状況の中でも、

    「家事、地震で全部失ったからこそ、なにが大切なのかがとてもシンプルになった。“モノありきでないと何もできない” この思考から、今こそ熊本はパラダイムシフトをすべき時。ハッカデミーが無くなっても、人と人とのつながりは残った。人が2人いれば、いつでも、どこでもコミュニティーはできる。そのつながりこそが宝物。」

    と明るく前向きに語っていたのだそうです。

    林さんは、こちらの記事で紹介されています。

    起業してすぐに会社が全焼。それでもポジティブに生きる人に話をきいてみた。

    片橋さんの紹介で、林さんがくまココの有志ボランティアに加わって下さいました。私たちは、皆、人と人との繋がりからこそ、何かが生まれると信じて行動しています。くまココも、人の繋がりから生まれるものの1つになると確信しています。

     

    なぜ匿名チャットを立ち上げたのか?

    東日本大震災のときに、身近なところに想いを分かってくれる人がいないことが辛かったのです。

    身近な人だからこそ、言えないことがたくさんありました。

    そんなときに、インターネットで自分と同じようなことを感じている人を探し、見つけることができたおかげで救われたという体験がありました。

    Twitterや2chもありますが、それらは炎上する可能性があります。

    メンタルが弱っているときに心無い言葉を投げつけられたり、攻撃されたりするのは辛いです。

    実名を出している有志ボランティアが荒れないように見守っている中で、匿名で書き込むことができるチャットがあれば、助けになるのではないか?

    私たちの経験から、そのような結論になりました。

    くまココは、muut.com というチャットシステムを使っています。

    1)登録なしで、匿名で書き込むことができます。

    2)muut.comにアカウントを作成し、ハンドル名、または、実名で書き込むこともできます。

    まずは、こちらから気軽に訪問してください。

    くまココ

     

    熊本のみなさんへのお願い

    まずは、気軽にアクセスして、書き込んでみてください。匿名でOKです。

    そして、もし、メンタルが弱っていて、誰かと繋がることを求めている人が周りにいたら、くまココのことを教えてあげてください。

    このチャットが、必要な人のところに届き、意図通りの使われ方をされることを手伝ってください。

    私たちに足りないのは、このチャットを必要な人へ知らせる手段です。

    掲示用のポスターも用意してありますので、ご連絡いただければお届けします。

    みなさんの力を貸してください。

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  • 分断を乗り越えて繋がることは、誰にとってもエンパワーになる

    熊本地震が起こってから、ずっと心がざわついていた。

    最初は、その理由がよく分からなかったが、少したって、それが、東日本大震災の記憶を呼び起こしているからだと気づいた。

    東日本大震災は、僕にとって自分を変容させる大きなきっかけとなった。

    当時、僕は、仙台に住んでいた。

    地震、津波、原発事故・・・

    目まぐるしく変わる状況の中で、家族の安全を確保するためにどうしたらいいのか、ほとんど寝ないでネットで情報収集しながら、毎日、何かしらの決断をしていくという日々が続いた。

    僕達は、その後、仙台を離れることに決めた。心の中で感じていることを言うのが憚られ、多くの感情が抑圧され、棘のように心に刺さったままになったように感じた。

    被害の状況は人によって様々で、置かれている状況も様々・・・。

    ある人にとってのよい決断が、別の人にとってよい決断とは限らないわけなんだけど、違う決断をすることが、別の人の決断を否定してしまうような気がして、僕を含めて、多くの人が口をつぐんでしまったように思った。

    当時の僕のコミュニケーション力では、その分断を超えてつながり直すことができず、自分自身に無力感を感じた。

    「反転授業の研究」を始めたのは、人と繋がりたいという欲求が、かつてないほど強まっていたことが関係していると思う。

    対話を通して人と深いレベルで繋がり、協力して何かを成し遂げていくことを学ぶことが、分断を超えてつながる力を身に着けていくことになると思った。

    東日本大震災の後、5年間で多くのことを学び、かつてはできなかったことができるようになってきた。

    熊本×反転G「支援を反転する」

    熊本地震が起こったときに、自分の中で起こった反応は、「あの分断が、再び繰り返されるのか」ということだった。

    それが、自分を落ち着かない気持ちにした。

    ただ、5年前と違うのは、自分は、多くの人たちとオンラインで繋がっていて、思っていることや感じていることをお互いに話して、受け止めることができる安心安全の場があるということ。

    「反転授業の研究」のメンバーには、熊本在住の仲間も多く、4月18日の夜、10人以上でZoomで集まって話をすることができた。

    最初は、自分の心の反応が表面化していて、それが、発言にも出てしまっていたため、周りから心配されるほどだった。

    でも、話をしているうちに落ち着きを取り戻すことができ、熊本から繋いでくれていた溝上広樹さんの声を聴きながら、自分の状態を把握できるようになってきた。

    筒井洋一さんから出てきた「支援を反転する」というアイディアは、僕たちが「反転授業の研究」でやってきたことを象徴するようなものだった。

    安心安全の場を創り、熊本からの声を受け止めていくこと。

    言い憚られることを、受け止めていくこと。

    これが、かつてはできなかったけど、今の自分たちならできることだと思った。

    今の自分は、無力ではないということを確認することは、僕にとってもとても勇気づけられることだった。

    熊本×反転G「支援を反転する」

    メンタルケアの匿名チャット「くまココ」

    熊本の避難所にいる大学院生の片橋匠さんとは、様々な活動を一緒にやっている。

    彼が「昼間はいいんですが、夜は本当に怖い」と言っていたのを受けて、ロンドン在住の起業家であるエインさんが、匿名で交流できるチャットアプリを作った。

    それが、「くまココ」

    くまココにはこちらから自由に参加できます。

    エインさんは、熊本でのPTSDの発症を心配し、次のように言っていた。

    PTSDが最初から出る理由は、
    Lack of connection
    どうしても理解されない孤独

    この企画にすぐに乗ってきたのが、仙台でSawa’s Cafeを営む佐藤さわさん。

    彼女も、東日本大震災で人生を大きくシフトした一人。

    さわさんは、Facebookで次のように呼びかけた。

    おはようございまーす!
    有志でこんなの作りました!

    【くまココ〜だいじょうぶ。夜もずっと、ここにいますから】

    「くまココ」は、熊本地震で安心したい人と、励ましたい人をつなぐ、有志による匿名、顔出し不要のチャットです。↓↓↓

    http://sawascafe.com/kumakoko

    避難所で眠れずに、誰かに気持ちを聴いて欲しくなったとき、
    先がみえない不安に押しつぶされそうになったとき、
    弱音や愚痴で構わないから、気持ちを書き込んで欲しい。

    被災地外のかたは、ココロに寄り添う返信でご協力ください!
    とくに、東日本大震災を経験したあたし達は、役に立てるはず!

    拡散よろしくお願いしますm(_ _)m

    フランスから広本正都子さんも有志のボランティアに参加してくれました。

    せつこさんは、社会変革ファシリテーターのBob Stilgerさんと、「よく生きる研究所」の榎本英剛さんが企画した東北ラーニングジャーニーで、通訳をされていた方です。ラーニングジャーニーに参加していたさわさんとつながり、今回は、時差を利用して深夜の見守りを中心に活動してくれます。

    せつこさんからのメッセージはこちら

    私は去年11月福島でご一緒してさわさんと知り合いました。今はフリーランスで活動中です。東北は大槌や陸前高田などでボランティアしたり、その他訪問しました。私もオンラインの可能性にとても注目していて、グローバルにできることを模索したいと思っています☆ よろしくお願いいたします!

    エインさんが、早速くまココのロゴを作りました。

    kumakoko01

    匿名チャットに、安心安全の場を創って、言いにくいことを吐き出していくことで、「どうしても理解されない孤独」を乗り越えていきましょう。

    阪神大震災や東日本大震災の経験を持っている人は、特に力になれるのではないでしょうか。

    そして、力になれると感じることが、自分自身の癒しにもつながっていくと思います。

     

    『アクティブ・ホープ』を読んだときに、世界には2つの力があるということが書いてありました。

    ・支配する力

    ・つながる力

    僕達は、どうやって「つながる力」を強めていくことができるのか。

    学びながら、進んでいきましょう。

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  • 共生革命家ソーヤ海さんと話をして感じたこと

    最近、ずっと幸せになる方法について考えています。

    本来であれば、太陽の光を浴びて、おいしいものを食べて、家族とおしゃべりしたりすることができていれば、結構、幸せなんだと思うんですよね。

    あとは、自分の内側から湧いてくる想いに従って行動して、その想いが満たされていけば、それはもう至福です。

    でも、そういう幸せから、自分たちを遠ざけているものがあるように感じています。

    「幸せの条件」という別の目標が外から設定されて、「幸せの条件」を満たすために、幸せではない日常生活をおくるという本末転倒が起こってしまっているのではないでしょうか。

    学校での成績、学歴、お金、お金を持っていることを示す様々なモノ。

    これらを手に入れることが「幸せ」ですよと教えられて、それを手に入れる競争に没頭していることで、日常の幸せが失われていき、その一方で、大量生産、大量消費によって必要のないものが世の中に溢れ、大量の廃棄物を生み出しています。

    さらには、学歴、お金、モノを持っていない人の自己肯定感を奪っていくという現象も生み出していると思います。

    僕自身も、この文化の中で育ってきたので、「幸せの条件」が、無意識レベルに染み込んでいます。

    そこからどうやって抜け出していけばいいのか。

    自分を使って、いろんな実験をして、そこで感じたことを振り返って気づきを深めて・・というサイクルを回しながら、新しい価値観を創るための試行錯誤をしています。

    クラウドファンディングに積極的に関わったり、ペイフォワードの動きを自ら作り出したりしていくうちに、いろんなことに気づくようになりました。

    資源を奪い合っていると、誰かが得をする一方で、誰かが損をするわけです。

    「損をしたくない」という思いから、みんなが自分を守るようになっていきます。

    でも、「与える」という行為をすると、与えた側の心が満足感で溢れるんですね。受け取った側の心も感謝の気持ちで溢れる。

    ここには、失っている人が誰もいないんです。

    これは、とても大事なメカニズムだなと思いました。これこそ、体験を通してどんどん広めていきたいことですね。

    試行錯誤をする上で、最も参考になるのが、「自然界」です。

    人間は、本来は自然の一部なので、自分の想いに従って直感的に動いていくことで、生態系のようなシステムを作っていく力があるはずなんじゃないかという仮説を立てています。

    この考えは、故・明峰哲夫さんが1970年代にやっていた「都市を耕せ」という活動から影響を受けています。

    Webで調べたら、明峯さんがやっていた活動をエコビレッジで紹介していたので、こちらに引用します。

    今月の座学では、このテーマについて、明峯哲夫先生(農業生物学研究室主宰)に講演していただきました。
    1974年、石油パニックの真っただ中、茨城の農村地帯に反近代化を唱って「たまごの会」の自給農場はスタートしました。東京周辺の約300世帯の都市住民が自らの食べ物を自給すべく共同出資をし、経営のすべてに関わり、届けられる野菜と引き換えに生ごみを提供したのです。当時、有機農業はまだ認知される由もなく、農場コミューンは、地域からも相当異質なものとして見られたに違いありません。しかしながら、その中から一人、また一人と就農者が現れ、地域の生産者も少しずつ有機栽培を始めるようになり、今では関東周辺の有機農業をけん引する存在となっています。

    先生は八郷を離れた後、81年に東京日野市で30アールの畑と水田10アールを借りて「やぼ耕作団」を立ち上げられました。東京の駅前の一等地で、10家族のメンバーが食べる野菜はほぼ完全に自給されたそうです。大豆は味噌に、小麦は乾麺に加工し、東京で唯一頭のヤギを飼い、生ごみや落ち葉で堆肥を作りました。
    先生は「田を耕すことが自然の循環に連なることを学び、過度に工業化した近代の都市生活の歪に気づく。そして農の力を実感した都市民が、主体的なまちづくりに関わったり、農村に移住したりするきっかけとなる」と言われます。
    「社会の異物として存在し続けること、ただし地主さんや地元生産者など地域の協力者を得るための努力も大切」とも言われ、地域との関係性のポイントについて指摘されました。

    たくさんの日本人が自ら耕すようになったら、日本の都市の子供たちに笑顔が戻り、第三世界の人々の生活も改善されるかもしれません。
    「闘いは楽しくやること。相手に羨ましいと思わせたら勝ち」

    明峯さんは、都市の中に、あえて農場を作ることで、自分たちの生が、自然の循環に連なっていることに対する気づきを促し、近代の都市生活の歪みに気づくきっかけを作ろうと活動していました。

    明峯さんについての詳しい話はこちら → 農業生物学者から教わったこと(1)

     

    学んでいくうちに、明峯さんのような考えを持って活動している人たちは、実は、世界中にたくさんいるんだということに気がつきました。

    「愛から行動する」というパーマカルチャーの考え方は、明峯さんの考え方と多くの部分で重なり合っていて、僕も共感する部分が多いです。

    よく生きる研究所の榎本英剛さんも、2005年にスコットランドのフィンドホーン・ビレッジに家族で移住し、パーマカルチャーを実践しながら生活された経験をお持ちです。

    榎本さんは、その後、トランジションタウンという持続型社会を創る世界的な運動を日本に持ち込み、トランジションタウン藤野の中心的な存在になっています。

    榎本さんとスカイプでお話したとき、フィンドホーンと明峯さんがやってきたことが頭の中で結びつきました。

    また、トランジションタウンでの自己組織化的な取り組みが、「反転授業の研究」における自己組織化と強くシンクロするのを感じました。

    榎本さんと話をしているうちに、コミュニティの自己組織化の力で問題解決していくという方法は、自分たちの中の生き物としての力を引き出していくことなのだという認識が深まっていきました。

    60分ほど話をした後、榎本さんは、「田原さんと話したら化学反応が起こるかもしれない人を何人か思いつきました。」と言って、2人の名前を教えてくれました。

    そのうちの一人が、共生革命家、ソーヤ海さんでした。

     

    ソーヤ海さんとはどんな人?

    ソーヤ海さんのことを調べていくと、東京アーバンパーマカルチャーのサイトにたどり着きました。

    Webサイトには、次のような説明が書いてありました。

    東京からサステナブル(持続可能な/共生的)社会を育むための実験と実践を行っています。
    世界の最新情報やスキル(技術)を学び、
    それを体感型のワークショップで日本に紹介しています。
    パーマカルチャー、非暴力コミュニケーション(NVC)、禅(マインドフルネス)、
    システム思考、ユースのエンパワーメントなどが活動の軸です。
    活動仲間や企画者を常に募集しています。
    よろしくお願いします。

    次世代のためにも、一緒に平和で希望のもてる社会を創作していきましょう!

    ソーヤ海さんは、多くの動画をYoutubeにアップしていて、その中の1つ、【TUPテレビ】ギフトエコロジー(与え合いの生態系)とは?を見ました。

    榎本さんは、彼と僕との間にどんな化学反応が起こることを予想したんだろうか?

    そんなことを考えながら、2015年9月にWebサイトにあったメールアドレスにメールを送りました。

    しかし、いくら待っても返事が来ない。

    縁があればいつか繋がるだろうと思っていたら、3カ月後の12月にメールの返事が届き、スカイプで話すことになりました。

    海さんにシェアしたいと思っていたリアルとオンラインとを結び付けたチャレンジが、その3カ月でじわじわと進んでいたので、結果的にはちょうどよいタイミングで話をすることができたような気がします。

    ソーヤ海さんとのスカイプ

    ソーヤ海

    海さんの忙しいスケジュールの合間を縫って、朝、スカイプをしました。

    今からサンドイッチを食べるというので、その間に、僕が自分のやっていることを話しました。

    「反転授業の研究」におけるオンラインの自己組織化のことや、クラウドファンディングの支援者によるオンラインコミュニティを作って、オンラインで対話セッションをして関係性の質を高めながらコクリしていくことにチャレンジしていることなどを話しました。

    その後、海さんが、自分の活動について語り始めました。

    今は、いろんな軸で活動しているんだけど、根底にあるのは、ビノーバ・バーベというガンジーの右腕の人がいて、彼の本を読んでしっくり来たんだけど、彼が「Moved by Love」(愛に動かされる)と言っていて、まさに自分は、そういう生き方をしたいなと思っている。

    そして、そういう生き方を広めていきたい。

    お金のために生きるとか、名誉のために生きるとかは、非人間的な生き方だと思っている。

    自分のニーズを満たしながら、他の人のニーズを満たしていって、持っている人生の時間を、より素敵な地球を作るためにエネルギーをフォーカスしていくということを、自分の生活を実験台としてやりながら広めている。

    パーマカルチャーとか、非暴力コミュニケーションとか、マインドフルネスとか、そういう社会運動とかは、表現の違いなんだと思うんだけど、一つずつ道だと思っているから、そういうことを教えて、特に、都会で刺激的なアクションを起して、拡散している感じなのね。

    ―― 海さんは、お金に捉われずに活動し、そこで生まれた物語を通して、自分や、周りのマインドセットを変えていっている感じですよね。

    ほとんどの活動は、ギフトでやっている。
    自分の生活は、すべて贈与経済でやっていて、それがベースなんだよね。
    雇われることはほぼないし、金額でやることを選ぶことも基本的にないんだよね。
    ただ、それが自分の本当に創ろうとしている世界を満たすか満たさないかで。
    必要な資源は絶対に見つかるからという前提で動いていて。

    だから、活動もいろいろ進化していて、いろいろ変わっているんだけど、
    ちょうど今、大きなシフトの途中で、僕が一人で騒いでいるところに、どんどんいろんな人たちが、クラウドファンディングみたいに、ある一つのプロジェクトを提案すると、そこに人がどんどん集まって、なんらかの貢献をしたいって気持ちで来るんだけど、それが、今、うまく活用できていないところがある。

    僕がいつも使っているパーマカルチャーの定義が、「生かしあう関係性のデザイン」というものなんだけど、生かされない資源というのは、どんどん腐っていって問題になる。
    たとえば、ゴミとかは、まさに、生かされていない資源ということなんだよね。

    サラリーマンとかもそうだと思うんだけど。

    今は、僕が、東京アーバンパーマカルチャーという存在だったところを、ちょっとずつ分けていって、東京以上の人が関わっているから、その名前もどうかなって思っているんだけど。

    いろんな人たちが自主的にコミュニティとして動けるようにしていこうというデザインをしている最中なんだよね。

    だから、さっき言ってくれたみたいなオンラインで対話とかをして、自分がどういうステップを取りたいかという話は興味があるし、クラウドファンディングだけじゃなく、もっと関わりたいという部分をどう引き出すかというところをクラウドソーシングと呼んでいる。クラウドソーシングをやっている仲間も地球上に何人かいて、面白い感じで、イギリスとか、アメリカのベイエリアとか、ポートランドとかでやっている仲間がいて、そういう面白い試みを日本で広げつつ、どうやって東京アーバンパーマカルチャーという実験で、そこをやろうかなって、まさに考えていたところなんだよね。

    今は、俺の頭がこれ以上回転できなくなっている状態だから、チームを作って、10-15人くらいのみんな任意で面白いから関わってくれている人たちだと思うんだけど、僕がボトルネックにならないような体制つくりをしているところ。

    一つの社会運動にしていこうというデザインをしているところ。

    基本的に俺もみんなが自分のニーズにつながって、今、非暴力コミュニケーションのニーズという文脈で使っているんだけど、すべて私たちの行動の裏側には私たちのニーズがあって、それを満たすために行動しているということなんだけど、生活の維持とか、親に認められたいとか、いろんなニーズを満たすために行動していると思うんだけど、手段に意識が向いちゃって、機能していない。

    いろんな人のニーズを満たさない手段が今の社会体制となってしまっている。
    その現状を変えていくために働きかけをしていきたいと思っている。
    みんなが自分のニーズと、他の人たちのニーズを平等に扱って、それを満たしあう生き方をしたらかなり大きな社会変革が勝手に起きていくと思うのね。

    ―― 社会変革を起こしていくための戦略は?

    一つの試みとしては、そういうストーリーを作る。

    今の社会のストーリーと、これからの社会のストーリーを作って、それを、俺が生きて派手に表現して、「こういう生き方が都会でもできるんだ」ということをちょっとずつ今まで広げてきて、あとは、エンパワーメントって言っていたけど、みんなが社会のデザイナーであって、自分の人生のデザイナーでもあって、ニーズを意識しながら、自分の可能性や持っているものに意識を向ければ、本当に自由で満たされた生き方ができるし、自然に他の人たちに貢献したくなる。そういう一種の教育活動をやっているんだよね。

    見ている方向性とか考えていることとかはすごく似ていると思うし、僕は、どっちかというと、ライブとメディアで主に活動しているんだよね。

    ただ、自分自身はネットを使わなくて、それは、ネットを使うと疲れるから。笑

    でも、メーリングリストは500人以上いて、僕はやっていないけど、Facebookページには2000人つながっているらしいのね。

    それだけの人たちも、何らかの理由でメーリングリストに登録したり、Facebookの情報を入手している状態だから、つながりたかった好奇心とか、何か変えたいとか、生かせるように工夫はずっとしたいなって思っているのね。

    来年は、月に1回くらい、東京でグリーンドリンクスみたいな、直接会える機会を作っていこうかなって思っているんだけど、そうすると本当に東京中心になっちゃって、地方の人たちとか、海外の人たちとかいたりするから、そういう人たちをうまくつなげられることができたらなとは思っていて、今、話を聞いていて、おお、まさにこんなことじゃんって思った。

    ―― 海さんのところのチームの誰かが、オンラインコミュニティ運営の中心になれば理想ですね。

    そうなれば理想だよね。その時点で、中心が僕からコミュニティに移っているから。

    ―― 海さんが考えていることを、どこかでまとめて読めるところなどはありますか?

    本が結構上手にいろんな活動と考え方がまとまっている。
    でっかい話、抽象的な話と、かなり細かい、どういう形で都会でそれを表現しているのかとかいうのも書いてあるから。

    いいベースの理解になると思うんだよ。

    俺がどういう形で考えて活動しているのかというのが。

    その本も、もともと俺が書きたくないというところからはじめたの。

    本を書きたくないということをワークショップでずっと言っていたら、15人くらいのライターとか編集者とかが集まって書いてくれたの。

    お金とかない状態で、みんなが想いで集まってくれて、プロの編集者とかライターが集まって作ってくれた。

    全部有機的だから任意で作ってくれているわけじゃん。

    でも、すごくクオリティの高いものができて、人間スピードなんだよ。

    締め切り決めても、みんな仕事をしているから、その締め切りに間に合わないんだけど、締め切りって空想の「この日」というものに過ぎないから、全体のプロセス、任意で何かを作りながら原動力は想いだけ。結果、すごい本ができたけど、お金がなくて、もともとはコピー機で刷る「仁」みたいなものを作ろうと思ったのにすごい本ができちゃって、コストも高いから、そこでクラウドファンディングをして370人くらいが投資してくれたから、結果、400人で作った本ができたんだよね。

    その物語がパワフルだと思うんだよ。もともとクラウドソーシングで、僕の周りにいる人と、その人たちのネットワークで、みんな技術を提供してくれて、みんな想いで作った本当にクオリティが高いもの。

    お金が一切、決断の要素になっていなかったから、めっちゃ自由だったんだよね。

    お金のことを考えると、みんな制限されちゃうから、うちらは、作りたいもの、最高のものを作ろうみたいな想いで作ったから、一般的な出版社ではできないような本ができたんだよね。

    手作りだけど、みんなの想いがこもっていて、みんなの想いからお金も出て、出版できてという。

    本の内容もいいんだけど、本の作り方が、まさにパーマカルチャーとか贈与経済をベースとしたものなんだよね。

    自らが先頭を切って派手に飛び込んでいく海さんと、フォロワー型のリーダーとして、オンラインコミュニティに自己組織化の渦を巻き起こしていくことを得意とする僕とは、相補的な関係になっていて、今後、お互いを生かしあうような、よいコラボレーションができそうな予感がしました。

    スカイプが終わって、早速、クラウドファンディングによって作られた海さんの本を買いました。

    そして、明峯さんの本も。

    この2冊の本は、お互いにシンクロし合って、僕の心に何かの灯をともすような気がしています。

    40年前に東京を耕した明峯さんと、今、同じ想いを抱いて東京を耕している海さんと繋がったことの意味について、じっくり考えてみたいと思います。

     

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  • アクティブ・ホープ(4):前に向かって進む

    『アクティブ・ホープ』を読みながら、自分の体験を振り返って言語化しています。

    今回は、連載の最終回です。

    気持ちが奮い立つようなビジョンをつかまえる

    僕は、子どものころから、空想癖が強くて、油断していると今でも、頭の中が空想の世界へ飛んでしまいます。

    そうなると、注意がおろそかになり、小学生時代に、ランドセルを学校に置いたまま、1Kmの道のりを歩いて自宅に帰って来て、ランドセルを玄関に置こうとしてはじめて、それを背負っていないことに気づいたということもありました。

    親からは、「そんなんじゃ、いつか取り返しのつかない失敗をするよ。」と言われ、実際に、いろんな失敗をしてきました。

    医者になるのは絶対にやめようと思いました。

    手術をしているときに気持ちが逸れて、何かを体の中に置き忘れたまま縫い合わせてしまうような失敗をしてしまうんじゃないかと思ったからです。

    このような性質は、自分がきちんと作業をすることを妨げるという意味では欠点ですが、ビジョンを持つためには、もしかしたら役立っているのかもしれません。

    脳の働きに関する数十年間の研究によって、私たちは、人間の二つの大脳半球が異なった働き方をすることを理解し始めている。左脳が言語や合理的な理屈で思考するのに対し、右脳はイメージやパターンを使って機能し、私たちが複雑な情報を融合し、ものごとの大局を感じ取るのを助けてくれるのだ。私たちの教育システムはほぼ言語と数字にしか関心がなく、私たちはまるで、脳の半分だけ使うように教えられているかのようだ。ビジョニングの能力を養うための第一歩は、それが知性の一つの形であって、学ぶことができる重要な能力だと気づくことである。

    -- 『アクティブ・ホープ』 p220

    物理学のトレーニングを受けたことは、想像力をうまく使うようになるためにとても役立ちました。

    抽象化と具体化とを行き来しながら、様々な分野の出来事を結び付けられるようになったからです。

    細胞性粘菌を研究しているときに、細胞集団にマクロな「個」が生まれるために重要な要素は、次のようなことであると抽象化しました。

    コミュニケーションの伝搬速度が上がり、集団ダイナミックスのタイムスケールと、ミクロな個のタイムスケールとがカップリングすること

    このように一度、抽象化してから、これを人間社会に当てはめてみたときに、インターネットが決定的な役割を果たすのではないかと思いました。

    僕が大学院で研究していたころは、まだ、インターネットの黎明期でしたので、スカイプのようなサービスもなく、テキストベースでのやり取りだけでした。

    でも、今後、この技術が発展していけば、遠く離れた人同士でも一瞬で繋がってグループになっていくはずだし、グループ内の情報の共有も一瞬にして行われる。そうなると、どこかで閾値を超えて、マクロな「個」のようなものが生まれていくのではないか。

    20年前にそんなことを夢想していました。

    マクロな「個」というイメージは、僕の心を大きく刺激しました。『パラサイトイブ』がSFホラー対象を取ったことに刺激され、自分もSFを書いてみようと思って『OMERA』という小説を書きました。

    OMERA

    R研究所の地下室にでは、飼育員の中島が、実験用のクローン猿たちに向かって「おめーらは、よう、かわいそうになぁ」と語りかけていた。

    ある日、クローン猿たちに集団意識が芽生え、「私は、OMERA」と話し始める。

    クローン猿たちの集合意識の知性レベルは、人間個人の知性レベルをはるかに上回り、OMERAは、街を支配し始める。

    それに対抗するために、人間も集合意識を生み出す方法を見つけ、クローン猿と人間の集合意識同士の戦いが始まる。

    争いの中で、さらに上位の集合意識の存在に気づく人間や猿が現れ、戦いの意味についての問い直しが始まる。この戦いは、生命体としての集合意識の存在に気づくためのプロセスだと意味づけらることによって、戦いが終了する。

    数百ページ書いたところで読み直してみたら、自分の文章力の無さに愕然とし、アイディアだけでは小説は書けないのだということに気づいてあきらめました。

     

    その後、研究を離れ、10年以上が過ぎました。

    「反転授業の研究」で、ワールドカフェについて学んだとき、対話によって集合知を生み出す手法なのだということを知りました。

    自分の心の底に沈んでいたイメージが、再び表層へと浮かび上がってきました。

    そして、オンラインの対話を重ねているうちに、次々とビジョンが生まれてきました。

    ・オンラインコミュニティに集合知を創発させ、自己意識を、私から、「私たち」へと広げていき、全員参加型の共生・共創社会を生み出す動きを支えていく。

    ・国境を超えたオンラインコミュニティに「私たち」を生み出すことで、平和維持の力にしていく。

    これらを実現するために、創発が起こるようなオンラインコミュニティ運営や、Web会議室を使ったオンライン対話セッションを開発していくことにしました。

    国境を超えた交流をするために、英語でのコミュニケーションに本気で取り組み始めました。

    遠隔コミュニケーションの質と量を高めていけば、あるところで閾値を超えて、広範囲に広がる「私たち」が創発し、多くの課題が「自分ごと」になることで解決されていくのではないかというイメージが湧きました。

    そのイメージに導かれるように、「反転授業の研究」に参加型のオンライン講座が誕生したり、国境を超えてオンラインで語り合うオンラインコミュニティGreen Bird Cafeというが生まれたり、クラウドファンディングの支援者たちと一緒に外国ルーツの子どもたちを支援するオンラインコミュニティが生まれたり・・・様々な活動が次々と生まれています。

    未来に何が起こるのかを確実に知ることは私たちにはできないので、何が起こってほしいか、ということに意識を集中させ、それが実際に起こる可能性を高めるために自分にできることをする、という方が理に適っている。そして、それこそが、アクティブ・ホープなのである。

    -- 『アクティブ・ホープ』  p224

    インターネットで繋がることで、サイバースペースに「私たち」を出現させるという試みを夢想しながら、2012年12月にひっそりと始まったオンラインの読書会が、3年後には、3600人のオンラインコミュニティに成長し、教育界に大きなインパクトを与えそうな勢いになっています。

    その経験があるから、どこかでひっそりと始まっている試みも、「つながる力」によって大きく成長し、大きな動きを生み出すことができる可能性があることを信じることができます。

     

    集合的知性によって選ばれる

    『アクティブ・ホープ』の中には、メタレベルの「個」の話が頻繁に登場します。それは、集団的知性という言葉であったり、エコロジカル・セルフという言葉であったりします。

    僕の人生のテーマと『アクティブ・ホープ』のテーマは、強く強くシンクロしています。

    エコロジカル・セルフという、より大きな自己から導きの合図を受け取ることができるのなら、それは、気持ちが奮い立つようなビジョンを私たちがつかまえると言うよりも、そうしたビジョンが私たちをつかまえるのだと言えるのかもしれない。どんな状況にも潜在的な可能性というものがあり、出現しようと待ち構えている。夢うつつでビジョンを見ている状態のときに私たちはそうした可能性を垣間見るのだ。そしてそうしたビジョンを私たちがつかまえたとき、それらは私たちを通して働き、私たちの行動という形に結実する。同じビジョンが数人をつかまえて、目的を共有する1つのコミュニティとして結びつけることもある。そう考えると、ビジョンというのは私たちが生み出すものでなく、私たちはビジョンに仕えているのだということもできる。

    -- 『アクティブ・ホープ』 p236

    自分の頭の中に浮かび上がったビジョンを、「自分が考えたもの」と考えずに、生命の織物を行き来する情報やイメージが、自分を通して現れてきたものと考えることは、それほど不自然なことではありません。

    Facebookや、オンライン講座のフォーラムで書き込みをしていると、他の人の考えとシンクロし、他の人の言葉や考えを借りながら、自分のモヤモヤした思考を言語化できるようになるということを頻繁に経験します。

    このようにして言語化されたものは、自分の中にあったものと、他の人の思考とのパッチワークです。さらに、自分の中にあったものも、もとを辿れば、誰かの思考を借りてきたものです。

    多くの人の頭の中を言葉が飛び交いながら、様々な組み合わせが試行錯誤されていくうちに、多くの人の心を動かすような言葉やイメージへと磨かれていくのではないでしょうか。

    ですから、コンテクストによって土手を作り、問いによって場に多くの思考を流していき、それらが自然と結びついて意味を成していくようにするワールドカフェの手法は、ぼくにとってとてもしっくりきます。

    これは、ワールドカフェのメンバーが協力して集合知を生み出したという見方もできますが、もし、集合的知性の存在を認めるのなら、ワールドカフェという手法によって集合的知性にアクセスすることができたということになるでしょう。

    ワールドカフェの産みの親であるアニータ・ブラウンは、ワールドカフェを、集合的知性(collective intelligence)にアクセスすることのできる方法として捉えていると発言していました。

    集合的知性という考え方によれば、そうやって何かに応えようとするとき、あなたは決して一人ではない。そこではもっと大きな物語が進行していて、その中である特定の役割を演じることをあなたが選んだ、またはそのためにあなたが選ばれたに過ぎないのだ。自分よりも大きな知性を信頼するならば、同じくそれぞれの役割を演じているたくさんの仲間や助っ人のサポートを受け入れることもできるであろう。ジョーゼフ・キャンベルが書いているように、「あなたの至福に従いなさい・・・そうすれば、これまで扉のなかったところに扉が開く」のである。

    -- 『アクティブ・ホープ』 p242

    自分の周りにサポート・システムを作る

    『アクティブ・ホープ』の第11章では、次の各レベルにおいて自分のまわりにサポート・システムを作る重要性が語られています。

    ・習慣や日々の実践などの個人的なレベル

    ・直接顔が見える人間関係のレベル

    ・自分が属する文化・社会のレベル

    ・すべての生命とのつながりを前提としたエコスピリチャルなレベル

    ――『アクティブ・ホープ』 p273

    『反転授業の研究』に取り組んで1年くらいが過ぎたころ、自分だけが頑張っていて、空回りしているのではないかという気持ちが生まれて、苦しくなりました。

    当時は2600人ぐらいのコミュニティだったのですが、その中に創発が生まれるためにどうしたらよいのかということを考え、グループに問いかけたりしていました。

    ファシリテーションをテーマにしたオンライン勉強会では、自己組織化が起こるための条件をテーマに話をしました。

    グループ内に自己組織化を増やすためには、相互作用量を増やすことが必要で、そのためには、

    パスの受け手:「助けて」、「手伝って」という人

    パスの出し手:「助けるよ」、「手伝うよ」という人

    の両方が必要なのだけど、日本人に一般的なマインドセットだと、他人に迷惑をかけてはいけないと思いがちだから、パスの受け手が足りなくなってしまうので、積極的にパスの受け手の役割を果たしていくことが大事だということを共有しました。

    このようなことを共有したことにより、安心して助けを求められるようになり、協力し合うことができるようになりました。

    自分ができることで貢献して、できないことは助けてもらえばいいというように感じられるようになると、心が軽くなって、頭も自由に動くようになってきました。

    逆に言えば、一人でやらなくてはいけないという考えが、知らず知らずのうちに、自分の発想さえも押さえつけていたのだということに気づきました。

     

    助け合いが当たり前になってくると、本来は、このような関係性のほうが自然なのではないかという気持ちが生まれました。

    朝、海を見ながらコーヒーを飲み、体に風を感じていると、自分が地球の長い歴史の中で生き物の1つとしてここに存在しているということを感じられます。

    自分も生命の織物の一部として、情報やエネルギーを自分の体内に巡らせているということを感じられるのです。

    私たちが呼吸する酸素は、植物やプランクトンがなければ存在しない。土壌や植物、受粉を媒介する昆虫、そして他の生き物たちが構成する、豊かで複雑な、生きた環境がなければ、私たちは食べ物を手に入れることができない。私たちの生命が他の生命体によって支えられている、ということを私たちが深く理解したとき、彼らにお返しがしたいという思いが自ずと強くなるはずだ。

      --『アクティブ・ホープ』 p287

     

    熱意と活力を保ち続ける

    生物物理で自己組織化を学んだこと、ネット予備校運営でインターネットの使い方を学んだこと、オンラインコミュニティ運営に関わるようになったこと、参加型のオンライン講座の運営を開発したこと・・・自分自身のこれらの強みと、「大転換」のビジョンとが結びついたとき、自分の身体の中からエネルギーが湧いてくることを感じました。

    著述家であり牧師でもあるフレドリック・ブフナーはこのことを、「私たちが心の奥底で感じる喜びと、この世界の根底にあるニーズが出会う」ところ、と描写する。この融合点を見つけたとき、「大転換」は、私たち一人ひとりを通して、その人にしかできない独特の形で姿を現すのだ。

      -- 『アクティブ・ホープ』 p298

    広い意味での活動家として、「つながる力」を発揮して、周りと助け合いながら、「大転換」へ向けて進んでいくプロセスそのものに幸福感を感じています。

    今から考えると、東日本大震災の後、アクティブ・ホープのつながりを取り戻すワークのスパイラルが、自分の中で回っていたのだと思います。

    東日本大震災で世界に対する痛みを感じ、自分がどうやって生きてけばいいのかが分からなくなり、カオスに入りました。

    その中で、徐々に自分の価値観やマインドセットをつくり変えていくことができ、新しい目で見ることができるようになりました。

    「反転授業の研究」などの活動を始めるようになり、前へ向かって進み始めました。

    協力し合える関係を作るためにどうしたらよいかを考え、自分のこだわりを捨てて心をオープンにしていったことで、周りからのサポートを得られるようになり、自分の心の中に感謝の気持ちが溢れました。

    心をオープンにしたことで、世界の痛みを感じる感度が上がり、多くのことに対して自分ごととして取り組むようになりました。

    自分ごととして取り組むことで、今までに出会わなかったものと出会うことになり、マインドセットの変化が起こりました。

    自分のマインドセットの変化により、世界に対する見方が変わりました。

    新しく見えてきた道を、今進んでいるところです。

    震災後の4年間でスパイラルが1回転半ほど回り、自己の範囲が広がり、心の感度が高まり、前へ進む勢いが生まれ、周りに対する感謝を強く感じるようになっています。

     

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    このスパイラルを、さらに回していくことになると思います。

    まだまだ旅は始まったばかりですが、確かな希望が湧いています。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

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  • アクティブ・ホープ(2):大転換

    ジョアンナ・メイシー、クリス・ジョンストン著『アクティブ・ホープ』についての感想を連載している。

    この本は、社会を変えていく活動の道標になる本だから、単に内容を紹介するのではなく、本で紹介されているワークを実際にやりながら、それが自分にどのような変化をもたらしているのかを報告していこうと思う。

    世界を覆う3つのストーリー

    この本は、3つのパートから構成されている。

    「パート1 大転換」は、どのようにして、日常生活を送っている普通の僕たちが、冒険の旅へ旅立つことになるのかを明らかにしている。

    著者は、3つのストーリーが現在進行中だと言う。

    ・ストーリー1 「これまで通り」

    ・ストーリー2 「大崩壊」

    ・ストーリー3 「大転換」

    僕も含めて、多くの人の初期設定は、ストーリー1だ。

    僕達は、自分の周りにある情報から世界観を作っている。

    メディアや教育によって伝えられている情報をもとに世界観を作っていくと、次のような「これまで通り」物語を信じることになる。

    ・繁栄のためには経済成長が欠かせない。

    ・自然とは、人類の役に立つよう利用するものである。

    ・消費の促進は経済を発展させる。

    ・筋書きの中心にあるのは「人より前に出る」ことである。

    ・自分たち以外の民族、国、生き物の問題は自分たちが関知することではない。

    ※『アクティブ・ホープ』より引用

    学校教育の中では、偏差値によって一元化された価値観に基づいた競争が行われ、学歴によって序列化される。

    学校を卒業するとお金によって一元化されたヒエラルキーが存在し、その上位のポジションを占めるための競争が始まる。

    大観衆の中で脇目も振らずに走っている競走馬には、レース場の外のことや、レース場を運営している仕組みについて考えている余裕はないのだ。

     

    だが、何かをきっかけに、このバカ騒ぎの輪の外へ出ると、全く違う景色が見えてくる。

    きっかけは様々で、受験に失敗したことだったり、就職に失敗したことだったり、病気になったことだったり、災害にあったことだったり・・・・。

    自分自身がシステムの一部として動いているときは感知できなかったシステムそのものが、システムから弾き飛ばされたり、システムが故障したりしたことで、突然、目の前に現れてくるのだ。

    僕自身は、生まれてから28歳で大学院を中退するまで、脇目も振らずにレースに参加していた。

    先頭集団にいることに誇りを感じ、途中で脱落していく人たちに目もくれず、少しでも順位を上げるために全速力で走っていた。

    家族のトラブルで大学院を中退し、レースを棄権してレース場の外に出てはじめて、自分がどのようなレースに出走していたのかを理解することができるようになり、誰かが決めたレースに出走するのではなく、自分の足で進む方向を決めて、自分のペースで歩き始めた。

    レースに勝つことが幸せだと信じて生きてきた僕が、レース場の外に幸せを見つけようと動き始めるためには、5年以上の年月が必要だった。

    そして、レース場から離れた場所に、ささやかな自分の居場所を見つけて穏やかな生活を始めた。

     

    レース場とその周辺世界が、より大きなシステムの一部だということに気づいたのは、東日本大震災のときだった。

    津波と原発事故によって、自分を取り巻くシステムに亀裂が入り、その存在が、突然に目に入ってきた。

    現実を見つめることは、それまでの穏やかな生活には戻れなくなることを意味しており、新たなカオスへの突入を予感させた。

    自分を取り巻く社会システムについての探求が否応なくスタートした。

    それまで強固な地盤だと信じていたものが、簡単に崩壊する可能性があるものだと思うようになった。

    自分自身や、自分の子どもの世代がどのように生きていったら幸せになるのか。

    またもや見えなくなった。

     

    『アクティブ・ホープ』には、「これまで通り」物語の外に出てしまった人たちは、システムの持続可能性に疑問を持ち始め、不安に襲われる様子が書いてある。

    ・経済の衰退

    ・資源の枯渇

    ・気候変動

    ・社会的な分断と戦争

    ・生物種の大量絶滅

    ※『アクティブ・ホープ』より引用

    これらは、311より前は、自分にとって、どこか他人ごとで、遠い世界の話に過ぎなかった。

    しかし、社会システムについて考え始めてから、大きな因果関係と自分の生とが、密接に結びついていると感じるようになり、それらを自分と切り離せなくなってきた。

    それは、同時に、社会の様々な問題が自分の上に重くのしかかってくることを意味していた。

    個人で取り組むには大きすぎる問題に対面して、どうしたらよいか分からなくて無力感を感じた。

    かつてのような安心感を持って生活するために、社会システムの矛盾を見なかったことにして、幻想の中に逃げ込みたい・・・という気持ちもあった。

    このとき自分の支えになったのは、かつて5年間のカオスを乗り越えたという経験だった。

    また、自分よりはるかに厳しい状況の中で、レジリエンスを発揮して前に進んでいる友人たちの姿が励みになった。

     

    陸前高田の支援に立ち上がった友人

    2011年3月14日、僕は、兵庫県の尼崎市にいた。

    3月11日に地震があり、12日に原発が爆発したことを知り、急いでWikipediaでチェルノブイリのことを調べたら、300kmの距離にホットスポットができたと書いてあったので、関西まで家族を連れて移動して状況を見守ったほうがよいと判断し、仙台から山形へ車で抜け、そこから飛行機で関西へ飛んだのだ。

    疲れ切って空港で休んでいたときに、予備校講師仲間の長野研一さんから電話がかかってきた。

    「大丈夫だった?」

    「うん。とりあえず無事ですけど、そっちは?」

    と聞いたときに、はっとした。

    長野さんは、岩手県の陸前高田市の出身だということを思い出したからだ。

    津波によって大きな被害を受けたというニュースを聞いたばかりだった。

     

    それから何カ月かして、長野さんと話をする機会があった。

    その頃、長野さんは、毎週のように東京から陸前高田へ通っていて、復興支援に走り回っていた。

    僕が、もともと長野さんに抱いていた印象は、クールで、ちょっと冷めているような感じの人で、社会活動とは全く結びつかないものだった。

    だから、その長野さんが、NPO法人「明日の希望」を設立し、あまりにも大きな被害に心が折れそうになっている地元の人を励ますために、自分たちの写真にメッセージを添えたポスターを作り、町中に貼って回ったりしていることを知って驚いた。

    でも、それが、本当の長野さんの姿なんだと思った。

    長野さんの写真のポスターには、「やれることは、何でもやるよ。」と書いてあった。

    長野さんは、感情を押し殺したような話し方で、陸前高田のことを話してくれた。

    陸前高田は何も進んでいないのに、東京では、すでに震災が過去のことになっていると言っていた。

    その話し方から、言葉にならないものが伝わってきた。

    NPO法人 明日の希望

    自分自身の体験、長野さんを通した間接的な体験。

    自分が生み出している世界の中で、社会システムのひび割れはどんどん広がり、どうやっても元に戻れなくなった。

    取り返しのつかないことが起こり、とんでもないことが未来に待ち受けているように感じた。

    「大崩壊」に大きなリアリティを感じ、同時に、それに対して自分が何もできないような気がした。

    再び、混乱の中に入っていくことになった。

     

    3つ目のストーリー 「大転換」

    『アクティブ・ホープ』では、3つ目のストーリー「大転換」という変化が起こりつつあると言う。

    産業成長型社会の行き詰った経済システムによって傷つけられた世界を元通りにすることを最優先とする生命持続型社会への移行を意味するのだそうだ。

    それは、社会の末端で起こっているだけのように見えるが、あるところで閾値を超えると、新たな主流派になるのだと言う。

     

    311の後の4年間、僕は、カオスの中でばたばたしながら、新しく自分の足場になるようなものを探し続けてきた。

     

    社会システムのひび割れは、社会の末端で起こるから、社会の末端にいる人が、最初に気づいてカオスに突入し、そこから抜け出すために、様々な試行錯誤を始める。

    だから、新しいパラダイムは、旧社会システムの末端で生まれるのだ。

    遠く離れた末端は、旧社会システムの矛盾が出現しているという点でシンクロし合い、それらが繋がってうねりを生み出すトランスローカルが起こるとき、おそらく、閾値を超えて新しいパラダイムが生まれるのだろう。

    このような社会変化における大局的なイメージを獲得するのに、かつて大学院で学んでいた自己組織化という考え方がとても役立つ。

    『アクティブ・ホープ』は、大転換のストーリーを、次のような3つのアプローチに分けて説明している。

    1)待ったをかける

    2)生命持続型のしくみを作る

    3)意識を変える

    社会システムは巨大で、個人がどんなことをしても変化しないように思える。

    でも、そこに自己組織化のしくみが働くと、個人の範囲を超えた動きが生まれ、それは、社会システムを変化させる力を持つ。

    カオスの中ではじめた小さな試みであるFacebookグループ「反転授業の研究」は、自己組織化のしくみが働き、わずか2年間で3600人を超えるグループへと成長し、さらに、毎月、約100名のペースで増え続けている。

    気がついたら、自分自身は、大転換の大きな流れの中に巻き込まれ、その中でエンパワーされ、また同時に、周りをエンパワーしている。

    『アクティブ・ホープ』に書いてある「大転換」のストーリーは、今の僕にとっては、本の中のものではなく、現在進行形で進んでいる自分自身のストーリーだ。

    何かができそうだから行動するのではなく、自分が望む未来を自分たちで創りたいからそのために行動し始めると、大きなエネルギーが湧いてくる。

     

    『アクティブ・ホープ』は、厳しい状況の中で最善の反応のすることができるように3つの道しるべを紹介している。

    ・冒険物語

    ・アクティブ・ホープ

    ・スパイラル

    行動することを決断し、動き始めると、次々と仲間と出会い始める。

    それは、まさに冒険物語の世界と同じ感覚だ。

    困難が次々と訪れるが、自分の中にはなかった解決方法が外からやってきて、何とか乗り越えられていき、その経験を通して、意識のキャパシティがどんどん広がっていく。

    自分たちが望む世界の実現に向けて意識を集中させ、そこで起こる全てのことから学びながら進んでいく。

    ここで、紹介されている「つながりを取り戻すワーク」は、生き物が持つ融通無碍な性質を最大限発揮することを助けるものだと思う。

    (1)感謝の気持ちを感じる。

    (2)世界に対する痛みを大切にする。

    (3)新しい目で見る。

    (4)前に向かって進む。

    (1)-(4)を繰り返し、スパイラルを描きながら進んでいくのだ。

    感謝の気持ちを感じると、自分がたくさんのものを世界から受け取っていることに意識を向けることができる。

    世界に対する痛みを感じることで、自分の範囲が広がり、自分が受け取っているものを、痛みが生まれているところへ送っていきたいという気持ちが生まれる。

    広がった自己を通して世界を捉えると、今までとは違った光景が見えてくる。その光景の中で、次の一歩を決めて踏み出すと、スパイラルが回り始める。

     

    このスパイラルは、周りのスパイラルを回していく力を持つ。

    ここには、ペイフォワードの仕組みが含まれているのだ。

    あなたの行動に感謝を感じた誰かが、誰かへ向かって行動を起こしていく。

    それは、ドミノ倒しのように広がっていきながら、大きなうねりを生み出していくことができる。

    最初は、ゆっくりと静かに回っていたスパイラルは、力強くエネルギーを外側に噴き出しながら回り始めるだろう。

    そして、その動きが閾値を超えると、個人のレベルを超えたマクロな動きが生まれるはずだ。

     

    アクティブ・ホープ(3):新しい目で見る

     

     

     

     

     

     

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  • アクティブ・ホープ(1):この本に出合うまでの物語

    今日から何回かに分けて『アクティブ・ホープ』という本についての感想を書いていきたいと思う。

    この本とは、まさに巡り合うべきタイミングで巡り合ったと感じている。

    感想を書くことを通して、自分がどこから現在地へたどり着き、これからどこへ行こうとしているのかを言語化したいと思っている。

    第1回目の今回は、2年前から始まった学びの旅の途中で、どのようにしてこの本にたどり着いたのかについて書きたい。

    学びの旅の物語は、僕が、この本を読む理由を説明してくれると思う。

    縁を辿っていくうちに『アクティブ・ホープ』にたどり着いた

    2年間に渡り、縁を辿っていくうちに『アクティブ・ホープ』にたどり着いた。

    これだけの縁のつながりが、たった2年間で起こったことだとは、今考えても信じられないほどだ。時代の変化と、それに伴う結晶化のプロセスが起こっていて、その中に自分が巻き込まれていることを感じる。

    一番最初のきっかけは、関西で力強く教育を変え続けている杉山史哲さんとつながったことだったような気がする。

    反転授業オンライン勉強会登壇者紹介~杉山史哲さん

    杉山さんは、「反転授業の研究」に早い段階から参加してくれて、オルタナティブな教育について豊富な知識を持つ杉山さんから、僕は、未来の教育についての様々なことを教えてもらった。

    今、僕が使っている教育系の用語のほとんどは、杉山さんから聞いたものだったりする。

     

    杉山さんが発する情報をフォローしていたら、杉山さんが「場つくりの師匠」と呼ぶ嘉村賢州さんのことを知った。

    当時は、ファシリテーションの興味を持ち始めていた頃だったので、嘉村さんの話を聞いてみたいと思ってインタビューさせてもらった。
    場とつながりラボhome’s viの代表理事、嘉村賢州さんにインタビュー

    インタビューを通して、U理論のことや、コーチングを日本に持ち込んだ榎本英剛さんの存在を知った。

    U理論の翻訳者である由佐美加子さんとは、ワークショップ動画への感想を送ったことから交流が始まり、2月には一緒にオンラインワークショップを開催することになった。由佐さんのワークショップ動画は、本当に素晴らしいのでぜひ見てほしい。

    信じていることを純化させて祈りとして解き放つ

    嘉村さんの発する情報もフォローするようになり、しばらくしたころ、嘉村さんの紹介で、『未来が見えなくなったとき、僕たちは何を語ればいいのだろう』という本の存在を知った。

    東日本大震災の後、社会変革ファシリテーターの著者のボブ・スティルガーさんは、東北を回り、コミュニティ再生を助けるためにフューチャーセッションや、アクティブ・ホープのワークなどをして回っていて、その様子を本に綴って出版したのだ。

    この本を読んでいるうちに、自分の現在地とこれから進むべき方向が見えてきて、長いレビューを書いた。

    Bob Stilger著『未来が見えなくなったとき、僕たちは何を語ればいいのだろう』が社会的変容への地図となる

    社会変革という言葉が、僕の中にずっしりとした重みを増してきて、同時に、自分が「反転授業の研究」でやってきたことが、どのようにして社会変革に繋がっていくのかがイメージできた。

    この本を読むまでは、僕にとってファシリテーションとは、教室の中でするものに過ぎなかった。

    しかし、この本の中に出てくるファシリテーターは、自分たちで立ち上がろうとしている人たちが集まるところに現れて、自己組織化のプロセスが回ることを助けていた。

    今までオンラインコミュニティ運営を通して学んできたことを、もっと役立てられないかと思い始めた。

    どうしても著者のボブさんと話をしたくなって、スカイプで話をした。

    bob-san

    未来は旧システムの周辺部から立ち現れる~共創的教育の芽吹き

    ボブさんと話しているうちに、周りを巻き込んで立ち上がっていこうとするときに、「パワフルな問い」がいかに重要なのかということに気づいた。

    また、ボブさんから「あなたは、Amazing personだ。Natural connecterだよ。」と言われたことが、自分の強みを知るきっかけになった。

    ボブさんとのミーティングは、多くの繋がりをもたらしてくれた。

    このミーティングをきっかけに、多くのファシリテーターと繋がった。

    僕をファシリテーションに導いてくれた恩人の一人、ワールドカフェホストのAmy Lenzoさんが、ボブさんと志を同じくする友人であることを知り、ちょうどワールドカフェ20周年イベントが日本で開催されるということもあり、Amyさんへスカイプインタビューをして応援することにした。

    amy-lenzo6

    エイミー・レンゾーさんインタビュー

    また、僕をファシリテーションの世界へ導いてくれたもう一人の恩人、香取一昭さんとも改めて繋がったことをきっかけに、エイミーさんが主催するオンラインワールドカフェに参加させてもらった。

    それをきっかけに、荒金雅子さん、シュトウ直子さん、平井雅さん、宇佐見博志さんといったパワフルな人たちと次々とつながり、新しい世界が目の前に開けてきた。

    ここからは、今後、いろいろなコラボレーションが生まれていくような気がしている。

    ボブさんから、三田愛さんと話したほうがよいと勧められ、コクリ!ラボの三田さんをインタビューした。彼女から聞いたコクリのプロセスや、コクリとパーマカルチャーとの関係は、僕の中の新しい扉をさらに開いた。

    コクリ(Co-Creation)で地域創生を進める三田愛さんインタビュー

    ボブさんに自分の物語を話し終えたときに、ボブさんが、「榎本ヒデさんを知っている?」と聞いた。

    榎本さんのことは、嘉村賢州さんから話を聞いて以来、ずっと心の中に残っていて、気になっていた。

    ボブさんの中で、僕と榎本さんが重なる部分があるから、僕が自分の話をしたときに榎本さんのことを思い出して口に出したのではないかと思った。

    榎本さんと話をすることで、道が開かれるんじゃないか

    そんな直感があり、榎本さんに連絡を取ってスカイプでお話をさせてもらうことになった。

    スカイプをする前に、榎本さんのことをよく知りたいと思い、「よく生きる研究所」のHPを隅から隅まで読んだ。

    特に榎本さんのLife Journeyには引き込まれた

    Life Journey 「よく生きる」実践の物語

    これを読んだとき、一言でいうと、榎本さんは、僕が今進んでいる道の数歩先を歩いている人だということが分かった。

    榎本さんにお話をうかがったときに一番印象に残った言葉が、「エンパワー」という言葉だった。

    榎本さんは、これまでやってきた3つの活動

    ・コーアクティブコーチング

    ・トランジションタウン

    ・チェンジ・ザ・ドリーム

    のすべての根底にある共通点がエンパワーということなのだと語っていた。

    それらを統合する形で「よく生きる研究所」を立ち上げたのだそうだ。

    僕にとっての重要なキーワードである自己組織化は、増幅とシンクロによって引き起こされる。

    これは、榎本さんが語っているエンパワーと同じものだと思った。

    榎本さんが、フィンドホーンでパーマカルチャーを通して学んできたことと同種のことを、僕は、農業生物学者の故・明峯哲夫さんとの10年間の対話を通して学んできたのだと思った。

    農業生物学者から教わったこと

    見ている世界がシンクロしていると思った。

    ただ、僕と榎本さんの大きな違いは、何も持たずに素手で取り組んでいる僕に対して、榎本さんは、効果を上げるための様々な方法論やスキルを身に着けていることだった。

    僕の場合は、この2年間、何かに突き動かされるようにして動いてきたが、変化のスピードが速すぎて、想いだけが先行していて、そこに知識やスキルが追い付いていないのだ。

    そこで、榎本さんを手掛かりにして学んでいくことにした。

    僕にとってのトランジションタウン活動は、「外国ルーツの子どもたちの学習支援」をきっかけに集まった支援者のオンラインコミュニティに自己組織化を起こして、持続可能な活動を生み出していくことだ。オンラインの対話を重ねながら、集合知によって現場の問題解決を支えていく方法を探っていく。

    ここでの学びは、今後、次々と中央からの支援が打ち切られていくであろう「周辺部」の人たちが、外の人たちとどのように繋がり、助け合いながら立ち上がっていくのかを探るものになるはずだ。

    外国にルーツを持つ子どもたちへの支援が未来の教育へのヒントになる

    チェンジ・ザ・ドリームシンポジウムを運営しているNPO法人セブンジェネレーションズ代表の宇佐見博志さんと、ワールドカフェイベントで繋がり、僕たちのグループが持っているオンライン講座の運営ノウハウを生かしてコラボレーションするための可能性を模索している。

    チェンジ・ザ・ドリームシンポジウムのホームページ

    榎本さんを手掛かりにして学び始めた直後に、『アクティブ・ホープ』の出版のニュースが届いた。

    榎本さんやボブさんが、ジョアンナ・メイシーのアクティブ・ホープのワークを受けていて、それを、様々な場面で使っていたのを知っていたので、まさに学びたいタイミングで、本が出版されたのがうれしかった。

    この本との出会いは、僕の活動を、確実に一歩前へ進めてくれるものだと確信している。

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    東北ラーニングジャーニー

    『アクティブ・ホープ』が手元に届く直前に、榎本さんとボブさんが、東北ラーニングジャーニーという2泊3日の学びの旅を行った。

    福島の現実に対峙し、その後、アクティブ・ホープのワークを通して力強い動きを生み出していくというものだ。

    自分は参加できなかったので、何かの形で応援したいと思った。

    支援金という形で寄付をしようかと思ったが、それよりも、この旅に参加することでエンパワーされる人を繋いでいったほうがよいのではないかと思った。

    何人かの友人に声をかけたところ、反応してくれたのが仙台でSawa’s Cafeをやっている佐藤さわさんだった。

     

    さわさんも、僕も、東日本大震災のとき、仙台に住んでいた。

    そして、震災をきっかけに人生の方向性を大きく変化させた。

    彼女は、今、力強い活動を生み出していて、東北ラーニングジャーニーに参加することで、その勢いが加速されていくのではないかという気がした。

    そして、それは、現実のものになった。

    旅のまとめ~東北ラーニング・ジャーニー2015

    さわさんから、アクティブ・ホープのワークの感想をスカイプで聞いたことと、旅から戻ってきたさわさんの力強い動きを見て、その効果を実感した。

    さわさんは、ラーニングジャーニーで繋がった縁をきっかけに、1月30日にSawa’s Cafeでチェンジ・ザ・ドリームのワークショップをやるそうだ。

    2月に行う予定の由佐美加子さんを講師としたオンライン講座にも、さわさんは、運営ボランティアとして参加してくれることになっている。

    今後、新しいコラボレーションを進めていくときのキーパーソンになってくれるはずだ。

    世界中で厳しい現実が現れているが、それと呼応するように、希望も生まれていることを感じている。

    縁を大切にしながら、周りをエンパワーすることで、自分もパワーアップしていく。
    今回は、僕がこの本にどのようにして辿りついたのかについて書いたけど、次からは、本の内容について感じたことを書いていきます。

    この本が、多くの人の手に届き、多くの人が自分たちの力を信じて行動する助けになることを祈っています。

    アクティブ・ホープ(2):大転換 

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  • シンクロしている遠隔地を繋ぐことで双方に価値を生み出す

    11月7-8日に、ベトナムのホーチミン市へ行ってきました。

    それをきっかけに素敵な物語が生まれたので、みなさんにシェアしたいと思います。

    第1章 ホーチミンのKARAPPO

    7日にホーチミン工業大学で、反転授業についてのプレゼンテーションを行い、次の日に、知り合いに勧められたコミュニティカフェ「KARAPPO」を訪問しました。

    karappo01

    KARAPPOは、Mifuki Boutique Hotelというホテルの8Fにあり、エレベーターを降りるとこのような光景が広がっていました。

    ガラスドアの内側にも席があり、そこに入るとKARAPPOを経営している矢野周平さんと高橋遼さんが僕を待っていてくれました。

    2人と握手をして、早速、お互いのことを話し始めました。

     

    矢野さんは、海外を巡る生活をしようと思い、日本語教師の資格を取ってベトナムへ来たのだそうです。

    そこでベトナム人の奥様と結婚し、海外暮らしの最初の国で定住することになったと笑っていました。

    前からコミュニティカフェをやりたいと思っていて、1年半前に同じく日本語教師の高橋さんと知り合って意気投合。

    一緒にコミュニティカフェ「KARAPPO」を立ち上げたのだそうです。

    矢野さんの話をうかがっていて、僕が考えていることとシンクロするところがたくさんありました。

    ここで、何をしようかって決めていないんですよ。流れに任せるのが大事だと思っています。

    いろんな人が、この場で繋がってくれればいいなと思っています。

    この場のお客さんが自由にこの場を創ってほしいと思っています。だから、店の名前を「KARAPPO」にしたんです。

     

    これは、場に自己組織化を起こすときのファシリテーションの考え方そのものだと思いました。

    矢野さんや、高橋さんは、日本語教育や語学学習についても、教師がコントロールするのではなく、学ぶ側が自分の意志で工夫して学ぶことを大事にしていて、根底にある考え方が、アクティブラーニングや反転授業と通じることろがありました。

    教育について、時間を忘れて、3人で熱く語り合ってしまいました。

    その後、オンラインの可能性についての話になりました。

    僕が、

    語学学習にオンラインコミュニケーションを使うと、いろいろ可能性広がりますよね。

    この部屋から日本に繋ぐこともできるんですから。

    日本語学習している人にとっては、モチベーション上がりますよね。

    というと、矢野さんも、高橋さんも、いろんなアイディアを出してくれました。

    何となく、何かできそうな予感を抱きながら、KARAPPOを後にして、飛行場へ向かいました。

    karappo03

    KARAPPOのFacebookページはこちら

     

    第2章 Sawa’s Cafe

    KARAPPOとコラボして何かできないかなーと思いながら、飛行機の中でアイディアマラソンノートを取りだし、いろんなことを書いているうちに、

    そうだ!Sawa’s Cafeと繋いでみよう!

    と思いつきました。

    Sawa’s Cafeは、宮城県仙台市にあるコミュニティカフェです。

    sawa07

    店主の佐藤さわさんは、「お客さんが楽しむための場を提供したい」というポリシーで運営しています。

    店でいろんなイベントをやっていて、さわさんは、

    お店は単なる箱で、中に入って活動する人によって雰囲気が自由に変化すればいいんです。

    とおっしゃっていました。

    そうです。Sawa’s Cafeのさわさんが語る理想と、KARAPPOの矢野さん、高橋さんが語る理想は、仙台とホーチミンで、強くシンクロしているんです。

     

    さらに、最近、さわさんは、「Sawa’s Cafe持続化プロジェクト」というFacebookグループを立ち上げ、お客さんと一緒にSawa’s Cafeをどう持続可能にしていくのかを考えるという面白い試みを始めたところで、そこでのテーマは、

    リアルとオンラインを組み合わせて何かできないか

    ということでした。

    Sawa’s CafeとKARAPPOを繋いでみたらどうか?

    こんなことをアイディアノートに書きつけました。

    sawa06

     

    Sawa’s CafeのHPはこちら

    第3章 Green Bird Cafe

    国境を超えて、オンラインで集まって語り合うと、どんなことが起こるんでしょうか?

    僕は、ビデオチャットを使った対話セッションなどを、ほぼ毎月、企画しています。

    丁寧に安心・安全の場を創って対話をすることで、他の人の考えを取り入れることができるようになり、一人では考えられないような様々な角度から問題を捉えられるようになり、意識のキャパシティが広がっていくという経験をしています。

    対話のメンバーに多様性があるほど、対話の効果が大きくなります。

    だから、国境を超えて語り合う機会が、とても大切だと感じています。

     

    海外に住んだことがある人は、日本に住んでいたときに比べて考え方の幅が広がったという経験をしていると思います。

    自分が当たり前だと思っていたことが、日本国内だけでしか通用しない常識だったことに気づくことは、大きな衝撃です。

    でも、これだけオンラインコミュニケーションが発達した現在、かつては海外に住まなくては経験できなかったようなことを、ビデオチャットでも経験することが可能です。

    国境を超えて語り合う・・・・それだけのことでも、大きな価値があるのです。

    僕は、そのような場を創りたくて、Green Bird CafeというFacebookグループを作りました。

    greenbirdcafe2

    しかし、国境を超えて語り合うための場を創るのは、簡単ではありません。

    国境を超えて参加する人を集めるのが難しいのです。

    でも、Sawa’s CafeとKARAPPOというリアルの場があれば、そこを訪れる人たちを繋ぐオンラインの場を創ることができるし、さわさんと、矢野さん、高橋さんが、安心・安全の場を創ってくれるのです。

    国境を超えたオンラインカフェGreen Bird Cafeを開催する1つの可能性が見えた気がしました。

    早速、さわさんと矢野さん、高橋さんに連絡を取り、相談した結果、6日間連続で、2つのカフェをビデオチャットで繋ぐことになりました。

    4人とも、何が起こるんだろうとワクワクしました。

     

    第4章 初日からミラクルが

    11月10日10時(日本時間)になり、仙台とホーチミンの2つのコミュニティカフェが、オンラインで繋がりました。

    Sawa’s Cafeには、テーブルの横にiPadが置かれ、このような張り紙が。

    sawa05

    その日は、Sawa’s Cafeで、ライアーという琴のような楽器の演奏会があり、その演奏は、ホーチミンのKARAPPOにも響き渡りました。

    sawa03

    そして、その日は、信じられないようなミラクルが起こりました。

    あるお客さんが、「なんとなくSawa’s Cafeに行かなければならない気がする」ということで、Sawa’s Cafeにいらっしゃいました。

    そのお客さんは、亡くなったお母さんがベトナム人で、お墓がホーチミンにあるとのこと。

    Sawa’s Cafeに入ったら、ホーチミンに繋がっていてびっくり。

    KARAPPOの矢野さんのパートナーのHaさんと、久々に使うというベトナム語でやり取りされていました。

    sawa04

    こんな感じでビデオチャットしていました。

    sawa02

    KARAPPO側は、こんな感じ。

    karappo02

    両方のカフェで、訪れたお客さんが、画面の向こう側に興味津々。みなさん、楽しんでいたようです。

    遠くと繋がるということは、それだけでワクワクします。

    世界が繋がっていることを実感することができます。
     
    繋がることで、お互いの場に価値が生まれます。
     
    あなたが繋がってくれることで、さらに価値が高まります。

    この試みは、11月15日(日)まで続けます。

    Sawa’s CafeやKARAPPOを訪れてもいいですし、あなたの自宅からビデオチャットで訪問することもできます。

    訪問してみたい方は、Green Bird Cafeの中でURLを公開していますので、こちらに参加申請してください。

    Green Bird Cafeへの参加申請はこちら

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