農業生物学者から教わったこと(3)

農業生物学者から教わったこと(3)

2104年9月に急逝した農業生物学者の明峯哲夫さんから教わったことを書き留めておきたいと思って連載している。

僕の今の問題意識の多くは311の後の活動を通して生まれたものだ。明峯さんとよく話していたのは2010年ころまでで、その頃は、明峯さんの話の多くを理解できていなかった。今、明峯さんの本を読むと、以前は理解できなかったことが、少しずつ理解できる。

植物の環境への適応

明峯さんのことを思い出すとき、「環境応答能力」という言葉が一緒に思い出される。それは、明峯さんの農業生物学を支えるキーワードであると同時に、僕の生物の自己組織化論を支えるキーワードでもある。
 
書籍の第3章では、この「環境応答能力」がメインテーマになっていて、明峯節が思いっきり展開されている。

明峯さんの思考方法は、20世紀の科学者のものではなく、18世紀以前の哲学者たちのものに近い。明峯さんの文章からは、デカルトやゲーテと同じ香りがする。

アカデミックな世界を去った明峯さんは、実験や分析をすることが不可能になった。しかし、その代りに、植物を実際に眺めたり、民間農法の様々な事例を学んだりし、それを統一的に説明できるような説明原理を常に考えるという総合的な視点を得たのかもしれない。長い時間をかけた思考の末に結晶化してきたものが、「植物は動かない。だから、環境に適応して生きる力がある。」ということと、「植物は脱出する」という植物の2面性を原理に据えるということだったのだと思う。
 
近代科学が植物を見る目と、明峯さんが植物を見る目は、全く違う。
 
近代科学において、植物は、徹底的に「対象」である。植物は様々な分析にかけられ、データを取られ、数値化される。

それに対して明峯さんは、植物を自分と同じ生き物として、ともに地球上に生きる存在として捉える。だから、植物は、頻繁に擬人化される。ときには、自分自身が植物になってみることもある。

ニンニクは基本的には、側球が分かれての繁殖です。そのために根は太っているのに、なぜそれに加えてミニチュアの珠芽があるのか。無駄のように見えるけど、なぜなのか。ニンニクの身になって考えてみた。

ニンニクの身になって考えてみたりするのだ。

科学の分析的な手法に対して、明峯さんは、ものごとの全体を捉え、それを意味づけようとする。

科学が専門分化して蛸壺化していく中で、誰が全体を見ているのだろうか?そこに在野の研究者の存在意義があるように思う。

明峯さんがやってきたことは、後に続く僕にとって希望の道である。

作物を作れば作るほど土は良くなる

この章では、「連作」についての常識に挑戦している。
 
一般的な考え方では、農作物は特定の栄養物を土壌から奪う。だから、輪作を工夫してきた。

一方、自然農法の岡田茂吉氏は、連作こそが大事だと主張する。

明峯さんは、植物の環境応答能力を説明原理にして、自然農法の連作主義の解明に取り組む。

植物は与えられた環境に応答し、自分自身を変えていく融通無碍な力がある。土と植物の関係として言えば、植物は与えられた土地になじんでいく。それは環境応答能力であるのだが、同時にそれは環境形成能力であるということもできる。植物には環境を形成する能力がある。植物は土を変える力もある。岡田茂吉氏の提唱される連作主義は、そのことを言っているのかもしれません。

明峯さんは、自然農法の岡田氏の「作物を作れば作るほど土は良くなる」という言葉を、お互いになじみあうということだと言っている。
 
これは、植物が植物を育てていく自己触媒的な原理と矛盾しない。
 
では、世代を超えてどうやってなじむのか?

ネオダーウィニズム的に考えると、作物の遺伝的多様性の中から環境にあったものが選択される自然選択によって「なじんでいく」という説明になるだろう。
 
しかし、明峯さんの目は、1つ1つの植物の生きていく力に向かう。植物自身に環境に適応し、環境を作り変えていく能動的な力があると考える。明峯さんが長年の付き合いの中から感じ取った植物は、融通無碍な力を持って自由自在に形を変えていく存在であり、ネオ・ダーウィニズムの受動的に選択される植物のイメージとは重ならない。
 
明峯さんは、必然的に獲得形質の遺伝の問題に踏み込んでいくことになる。

一方、自己組織化現象が宇宙の摂理だと考える僕にとって、複雑化していく宇宙の一部である生命が自己組織化的な存在であるというのは、もはや信念のレベルである。だから、そんな僕にとって環境から遺伝子への情報の流れは存在しないというセントラルドグマは、のど元に刺さる棘だった。
 
しかし、獲得形質の遺伝は、生物の歴史の中で何度も議論され、そのたびに否定されてきたもの。その一番の弱点は、説明できるメカニズムが存在しないということだった。

「環境応答の能力」を植物の原理に据える明峯さんと、「自己組織化の原理」を宇宙の摂理に据える僕にとって、獲得形質の遺伝は、どうしても乗り越えなくてはならない共通の壁になった。
 
カンメラー、ミチューリン、ルイセンコ、大野乾、今西錦司などについて議論を交わした。

そうこうしているうちに、時代は変遷し、エピジェネティクス情報が世代を超えて遺伝することが発見された。イネやマウスで獲得形質の遺伝が起こることが実験によって確かめられ、Nature等に掲載された。これは、明峯さんと僕にとって大変大きな出来事だった。

探してみると、世界中には、獲得形質の遺伝の存在を信じつつも息を潜めていた生物学者がたくさんいた。エピジェネティクスによって獲得形質が遺伝可能だということになり、彼らは一気に活動を活性化させてきた。

生物学の常識が書き換わると思って興奮した。その中で、自分も何かをしたいと思い、「エピジェネティクス進化論」というWebサイトを作った。海外の研究者に英語でメールをしまくった。

生物個体のイメージが、環境から選択されるだけの無力な存在ではなく、様々な可能性を模索しながら自由自在に姿を変え環境応答力と環境形成力によって自然に適応していくものへと変わっていくことには意味があるように思えた。ダーウィニズムが社会に与えた影響は大きく、キャピタリズムを肯定する理論的根拠にも使われた。だから、生物や生態系が実は「なじみあい」のようなものであるということが広がっていくことで、もっと共生的な社会の在り方について考えていこうという動きが生み出せるのではないかという思いもあった。

エピジェネティクス関係の記事や論文を見つけては、明峯さんにメールで送った。

当時のメールのやり取りの一部を紹介する。

明峯先生

田原です。
いつもお世話になっております。

先日、エピジェネティクスを引き続き調べていて、ニューズウィークの記事も見つけました。
医療関係での注目度も大きいようです。
http://mui-therapy.org/newfinding/epigenetics.html

いただいた有機農業の本の感想は、少しお時間をください。

田原さま

 メールありがとうございました。
 資料、読みました。ニューズウィークらしく、何でもメチレーションで解決できるとばかりの、ややセンセーショナルな記事ですね。
 いずれにしても、獲得形質の遺伝のメカニズムの可能性の一つとして、エピジェネティックスの勉強をつづけていきましょう。いつも刺激を与えていただいて、感謝しています。
 僕は、あしたからは札幌の農学校の講義です。北海道は少しはすずしいかしら。
 また会いましょう。お元気で。
   明峯100826

明峯さんのおかげで、学ぶ意欲に火がついた。

13年ぶりに研究を再開しようと思い、近所の国立大学へ行き、研究生として大学の施設を使わせてもらうように頼みに行った。エピジェネティクスと獲得形質の遺伝を結びつけるメカニズムについての仮説を思い付き、それを検証してみたいと思ったのだ。
 
しかし、そういったことすべてが、2011年3月11日の東日本大震災によって白紙になった。

 

(4)へ続く

※タイトルの絵は、明峯さんのスケッチ。こちらからお借りしました。

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