未来は旧システムの周辺部から立ち現れる~共創的教育の芽吹き

最近、意識してインプット量を増やすことを心がけている。
 
この数年間は、手探りでの実践が常に先行していて、それを少しずつ自分で言語化して、「反転授業の研究」でシェアしてフィードバックをもらい、さらに実践していくという経験学習サイクルが回っていたように思う。

それはそれでよかったのだけど、ここから先に進むにあたって、自分の暗黙知の部分を言語化するための言葉や概念をもっと増やしたいという気持ちが生まれてきた。それで、毎日、インプットの時間を作って本を読んでいる。

読んでいる本のほとんどは、未来の創り方に関する本だ。

知識創造理論との出会い

鈴木利和さんが勧めていた『全員経営』からは、多くの気づきを得た。

その中でも、目から鱗だったのは、知識創造理論SECIモデルの存在を知ったこと。

seciモデル

暗黙知(実践知)→形式知→集合知のサイクルを回していきながら、らせんを描くように知識を創造していくという話は、自分自身がモヤモヤと考えていたものにフレームを与えてくれた。知識創造理論についての書籍もすでに購入し、次に読むことになっている。
 
手探りでトライアルアンドエラーの実践を繰り返していくうちに、そこからパターンを見つけられるようになり、徐々に言語化できるようになってくる。言語化できると、他の人の知恵と結び付けられるようになり、お互いに影響し合う関係が生まれる。自分で自分を引っ張り上げることはできないが、他の人のことを引っ張り上げることはできるから、グループの中でお互いに引っ張り上げていくことによって共に伸びていけるようになる。集合知が生まれて一人じゃ到達できないようなところへチームで達してしまう。気がつくと、かつては自分の外側にあり、とりあえず試してみたものであったものが、自分の日常になり、当たり前のものになって意識しないでも行動できるものになっている。最後の無意識化のプロセスは、今まで意識してこなかったものだが、これがあることで「サイクル」になる。

U理論から得た共創的な4.0を目指すというイメージ

その後、メンタルモデルの作り変えによる学びや、共創(Co-Creation)について、もっと考えたくて、『出現する未来から導く――U理論で自己と組織、社会のシステムを変革する』に進んだ。

U理論との出会いは、1年以上前なるが、僕にとっては、若いころに打ち込んできたカオス理論と、対話におけるカオスとが結びつき、過去に学んできたことを今の活動に生かせるようになったという点で、とても重要なものだった。
 
前作を読んでいたので、ふむふむとうなづきながら読んだのだけど、今回、インパクトが大きかったのは、経済進化のマトリックスの図

4dot0

経済を3.0から4.0へ進めるきっかけになるものは、システムが「外部」として排除してきたものの存在が無視できなくなってくることだという。
 
このことを、僕たちは、どこか遠くの世界の抽象的な理論として理解しているのではなく、自分たちの体験として痛みを伴って心の底から体感している。

東京という大都市は、都市の外部から電気エネルギーと食物を吸い込み、地方は「外部」として東京へエネルギーや食物を供給する役割を担ってきた。農業県であり、原子力発電を持つ福島県は、まさに東京へ食物と電気エネルギーを供給していた地方の1つであり、それと引き換えに中央から補助金をもらうことでバランスを取ってきた。僕の故郷である茨城県も似たようなものだ。
 
大都市に人とお金が集中し、地方は価値を生み出すことが難しくなると、中央への従属度が高まっていき、その結果、中央集権のヒエラルキー構造が強まっていく。その結果、中央集権のシステムは自分たちのためにあるのではなく、自分たちが中央集権システムの維持のために存在しているということを多くの人が感じるようになる。矛盾が大きくなったことで、システムに利用されているだけだということに気がつくようになるのだ。
 
それでも、311が起こるまでは、そんなにひどいものだとは思っていなかった。311が起こった直後も、そうは言っても、誰かがちゃんとやってくれるんじゃないかと思っていた。しかし、いつまでたってもそんなことにはならなかった。自分たちは見捨てられていて、自分や家族を守るのは、自分たちしかいないのだということを嫌と言うほど思い知らされた。

自分たちがシステムの内部にいて守られているというのは幻想で、自分たちは「外部」にいて、自分で何とかしなければならないのだということに気づいて目が覚めた。僕と同じように考えている人は、身近なところにはあまりいないように思えて一時的に孤独が深まったのだけど、SNSなどを通して磁石が引き合うように集まり、自分だけではないのだと感じることができた。

「君たちは内部だよ」というお話を聞かされてきた「外部の人たち」が、311をきっかけとして、それが本当じゃなかったことに気づき、自分たちの力でサバイプするために動き始めているのではないかと思う。4.0への移行は、自分が旧システムの外部にいることに気づき、旧システムからは見捨てられていると感じている人たちが、自分たちの力で何とかするために動き始めたときに起こるものなのだろう。
 
これは、親に愛されていなかったことを認めるような痛みを伴う。甘い幻想を捨てるのは難しいことだが、それは、厳しい現実を嫌と言うほど突きつけられて目が覚めたところから始まるんじゃないか。少なくとも僕は、あの時、東北に住んでいたからこそ、飛び起きて、目を覚ましたのだと思う。

経済進化マトリックスを見ているうちに、「共創的教育」という言葉が頭の中に浮かび上がってきた。

もし、そういうものがあるとしたら、それは、どんなものだろうか?

チームでの学びに主体的に関わる学習者が、一人ではできなかった学びを実現し、協力すれば自分一人ではできないことができるようになるのだということを体験して、そこから自信を得て自分たちで価値創造するために立ち上がれるようになるのだとすれば、それは、まさに「共創的教育」というものなのではないだろうか。

トランス・ローカルとの出会い
 

次に読んだのは、ボブ・スティルガーさんの『未来が見えなくなったとき、僕たちは何を語ればいいのだろう』。

この本は、僕が今やっていることと311との関係に気づかせてくれた。自分のことは、自分ではなかなか気づくことが難しいが、この本の中に繰り返し出てくる物語に振れているうちに、その中のメタな部分が抽出されて、自分の心とシンクロしてきて、自分の中にも同様の物語があるということに気づくことができた。

 

ボブさんは、3.0から4.0への変化が東北から始まると考えているようだ。
 
そこは、旧システムの機能不全が嫌と言うほど立ち現れているところだからだ。どうやっても以前のような形には戻ることができないという厳しい現実が、否が応でも新しい世界を創る必要性を生み出す。
 
これまで依存していた旧システムのヒエラルキーが自分を助けてくれないことを思い知らされたからこそ、ヒエラルキーを登っていく以外の価値とは何かということを考え始め、新しい人とのつながり方、新しいお金の使い方というものを模索し始める。311をきっかけに生き方を大きく転換した仙台の人たちと、昨年は次々に繋がった。
 
旧システムの片隅に居場所を確保して安住していた僕は、311によってすべてが分からなくなり混乱に陥った。そこが安住できる場でないことは分かったが、代わりの居場所は存在していなかったからだ。40歳を過ぎて、もう一度、自分というものをゼロから考え直さなければならなかった。
 
その中で、自分と同じように生き方が分からなくなってしまった人たちと出会って、とにかく動き回って、動いたときに感じたことをアウトプットしていくうちに、少しずつ何をすればいいのかが分かってきた。
 
旧システムを復旧するのではなく、新しい未来を創りたいと思っている人たちと次々と繋がり始めた。「反転授業の研究」が、311の後に生まれたのは偶然ではなく、未来について語りたいと思っている人たちがたくさんいたからこそ、ちょっとしたことをきっかけに大きな流れが生まれたのだろう。

ボブさんは、「お互いが耳を傾け合うことで、未来が創られる」と言う。
 
これは、僕の実感を端的に表してくれている。耳を傾けてもらって語ることによって、自分の暗黙知を外に出すことができるようになり、物語化できるようになる。そして、お互いの物語がシンクロすることで、進むべき方向が見えてくるのだ。
 
また、ボブさんの本から得た「トランス・ローカル」というアイディアは、これから何をやるべきなのかを指し示すものとなった。
 
「お互いが耳を傾け合うことで、未来が創られる」が個人と個人の間の関係であるのに対して、トランス・ローカルは、コミュニティ間の関係だ。
 
「コミュニティがお互いの物語に耳を傾け合うことで、社会の未来が創られる」のだ。だからこそ、トランス・ローカルは、社会変容の道筋となるのだ。

Bob Stilger著『未来が見えなくなったとき、僕たちは何を語ればいいのだろう』が社会的変容への地図となる

 

ジョナサン・バーグマンさんとスカイプ

 

トランス・ローカルのことを考えていて、ふと、バーグマンさんと話してみようと思った。「反転授業」の生みの親であるバーグマンさんは、少し前から「反転授業の研究」に参加していて、ときどきイベントの案内などを投稿していた。メッセージを送ったら、スカイプミーティングを快く受けてくださり、話すことになった。
 
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バーグマンさんと話して、本当に良かった。
 
彼が反転授業を生み出したシカゴの高校は、州からのサポートなどが十分でない地方の学校だった。だからこそ、目の前の生徒がよく学べるように自分たちで考えて解決する必要があったのだ。そして、そんなバーグマンさんたちが見つけた方法が、同じようにシステムの外部に存在する学校の教師たちを立ち上がらせることになった。
 
システム外部から生まれた「自分たちの力で何とかする」という動きが、国境を超えて広がり、わずか3年で25万人のオンラインコミュニティを作ったのだ。その物語は、僕たちが「反転授業の研究」で紡いできた物語とシンクロするものだ。

国境を超えて、2つのコミュニティの物語が出会い、その中に共通点を見出したとき、これが、考えていたよりも大きな範囲で同時代性によって結びついている必然的な動きなのだということに気がつく。
 
バーグマンさんと話したことで、自分たちの物語を、もっと大きなフレームの中で位置づけることができた。

反転授業を世界へ広めるジョナサン・バーグマンさんインタビュー

 

大野高校校長の下町さんは未来を創るリーダーだと思う

バーグマンさんと話した数日後、岩手県立大野高校校長の下町壽男さんとオンラインでお話することができた。

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下町さんは、盛岡三高時代に副校長として参加型授業の導入に取り組んだリーダーであり、今は、統廃合の危機にさらされている大野高校で、校長として地方を巻き込んだ取り組みにチャレンジしている。

下町さんは、今の社会に適応するために教育を考えるのではなく、理想の未来を創るために、そこから逆算して教育を考えている。
 
「全員参加型の共生社会への準備」として「参加型授業」を行うという考えに、下町さんの教育哲学が凝縮されているように思う。
 
大野高校は、教育システムのまさに周辺に存在していて、旧システムの問題が最初に立ち現われる最先端である。

そこに下町さんが赴任したことで、大野高校は、未来へ一番近い学校となった。

下町さんは、「統廃合の危機にあるからこそ、おもいきったチャレンジができるし、それが、今後やってくる未来へ役立つ」と言う。まさに、ここは、4.0が立ち現われてくる可能性を秘めた場所だと思う。

今までやってきたオンラインでの取り組みは、地域格差をゼロにする可能性を秘めている。そのことに最初に気がつくのは、まだモノが溢れている中央ではなく、いろいろなものが足りなくなっている周辺部であると思う。

僕は、下町さんが創る未来を見てみたいし、そこに関わって、いっしょに創りたいという気持ちを持っている。

岩手県立大野高等学校校長 下町壽男さんインタビュー

 

ボブさんとのスカイプで、自分の思いを出すことができた

下町さんと話した数日後、ボブさんとスカイプすることができた。

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ボブさんが耳を傾けてくれたので、自分が感じていることを話すことができた。
 
自分の中に無意識にインストールされている「日本人」の部分を客観視して、それを乗り越えたいと思っていることや、旧システムが、システムに必要な人間を育成するために知識や態度をインストールしていくような教育ではなく、それぞれが自分に力があることを理解し、自分の力で立って、仲間と協力して未来を創るような教育にシフトしていかなければいけないと感じていること。そして、そのような動きが少しずつ生まれていて、「反転授業の研究」もその中の一つであることなどを話した。東北から離れた自分が、どのようにして東北と協力できるのかは最初は分からなかったが、自分の力で立ち上がった東北の人たちと外の人たちとを繋いで、アイディアを創造していくところに自分は協力できるのではないかと感じているということも話した。
 
ボブさんも、Flipped Learningの動きには注目していて、これが、教育におけるボトムアップの活動であることに価値があると言っていた。アメリカでもFlipped Learningの動きがどんどん大きくなっているそうだ。
 
かつて東京では、「東北の人はシャイだ」と言われていたが、ボブさんが東北に行ったとき、ボブさんが会った東北の人は凛とした態度で全然シャイだとは感じなかったのだそうだ。むしろ、東京の人たちのほうがシャイだと感じたのだという。自分の足で立って動き始めた人たちからはエネルギーが発散されてくる。旧システムに依存することをやめ、立ち上がった人たちがシャイであるわけがない。
 
僕は、バーグマンさんや、下町さんのことをボブさんに話し、これがシステムの周辺から自分たちの力で立ち上がってくる動きであることに意味があると話した。
 
ボブさんは、旧システムのひび割れはいつも「周辺部」で最初に生まれるし、危機感があるからこそチャレンジが生まれ、新しい世界への光も見えてくると言っていた。
 
フィズヨビでやっていたオンラインの学び合いの夏期講習で、動画と安心安全の場を作って、フォーラムとビデオ会議システムを学習者に解放したら、自分たちでどんどん疑問を生み出して、それを手掛かりに学び始めたという話をすると、ボブさんは、教師の役割は、「答を言う人」から、「質問をする人」に変わるはずだ。パワフルクエスチョンこそが、学びを進めていくもので、深い洞察力を持った人こそが、パワフルクエスチョンを発することができると言っていた。

ワールドカフェの話になったとき、自分は、アメリカ人のAmy Lenzoさんのオンラインワークショップに参加してワールドカフェホストのスキルを学び、そのときは理屈で理解していただけだったが、シンガポールのSamantha Tanさんの家を訪問したときに、彼女からパワフルクエスチョンをしてもらったことで、その威力を体験として理解することができたと話した。

ボブさんとAmyさんは、志を同じくする仲間だということで、ボブさんから、

「あなたは、amazingだ。natural connectorだよ。」

と言われた。

その夜、勢いに任せて、久しぶりにAmy LenzoさんにFacebookメッセージを送った。それをきっかけにAmyさんがアジアでやろうとしているオンラインワールドカフェの取り組みに参加することになりそうだ。

フィズヨビ夏期講習で見えた「共創的教育」の可能性
 

フィズヨビ夏期講習では、パワフルクエスチョンですら学習者の間から生まれていた。

学びのスピードが速くなりすぎて上滑りしてしまうのを防ぐために、「動画を見ないで、まず、自分たちで考えてみる」という動きが自発的に生まれた。安易に先へ進むのではなく、立ち止まって学びを深めることが大事だという共通理解が場に生まれ、メンバーがそのために動いたのを見て感動した。

僕の役割は、精いっぱいの期待を込めて見守ること。そこで起こっていることを見逃さずに語ることだった。
 
フィズヨビ夏期講習の最後の振り返りセッションでは、バーグマンさんやボブさんの話をした。
 
僕たちが3週間で体験したことは何なのかを、みんなでゆっくりと言語化することに挑戦した。

・これまでは分からないことを分かった振りすることばかりを学んできたけど、今回、本当に分からないことを「分からない」ということが自分だけじゃなく、他の人の役にも立つことが分かった。
・効率よく学ぶというのと、深く学ぶというのは相反することだと思ってきたけど、結局、深く学ぶことが一番効率もよいのだということが分かった。
・自分だけじゃ考えられない疑問を投げかけてくれたことが、理解を深めることに繋がってありがたかった。
・「分からない」ということが、他の人の迷惑になると感じていたけど、そうじゃないことが分かって目から鱗だった
・「分からないから教えてください」ということでチームの学びを回していくリーダーシップというものがあるということを知った。
・問題を解くことは考えずに、理解を深めていけば、結果的にちょっとアジャストするだけで問題も解けるようになると思う。
・安心安全の場というものがあれば、こんなすごいことができるのだということを体験した。これからの人生が変わるような経験だったと思う。

 
10名のオンラインの学び合いは、僕に未来の学びを見せてくれた。
 
その中の何名かは、人生を変えるような経験だったと教えてくれた。それは、僕にとっても同じだ。
 
一人で立ち上がるのは難しいけれど、協力すれば自分たちの力で価値創造できるということを体験した人は、共創できるようになる。
 
自分の心と体に自信が漲り、それまでの自分では信じられないようなことができるようになる。
 
この学び合いチームには、Moodleのコース1つと、ビデオ会議室のアカウントを開放して、それをどのようにして使って、学び合いをしていけばいいのかも任せてみようと思う。僕は、そこに、アドバイザー&プロデューサーとして関わる。このアイディアに、僕たちみんながワクワクしている。

ここからも、4.0につながる未来が生まれている。

 

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