『ソウル・オブ・マネー』を実践して気づいたこと

自分らしく生きることを邪魔するものがある。

それが、外発的動機付けである。

学生時代には、学力テストの点数が外発的動機付けとして使われ、自分らしく学びたい気持ちを邪魔してくる。

点数をとらねばならないというプレッシャーで後ろから押され、人よりもよい点数をとって優越感を得たいという欲で前から引っ張られる。

外発的動機付けが強い場にさらされると、子どもたちは、自分の地平で生きるのを止め、他人の地平で生き始める。

自分の頭で理解したり、納得したりすると時間がかかってしまって学力テストで点数が取れないので、点数をとるためにやり方を覚えるという方法を取るようになる。

自分にとっては無意味な作業を、外発的動機付けのために延々とやり続けるようになってしまうのだ。

この延長線上に、会社への就職があり、学力テストによって行われていた外発的動機付けが、会社での地位とお金に置き換わる。 

自分の魂がワクワクしてやりたい活動をあきらめ、お金になる仕事へ時間を振り分けるようになる。

お金がないと生きていけないぞという恐れによって後ろから押され、多くのお金を持つことで「成功」したいという欲により前から引っ張られるのだ。

一度、自分の地平で生きることを手放すと、外発的動機付けがないと前に進めなくなるため、自ら外発的動機付けを求めるようになる。

このようにして、お金で支配される仕組みができあがっていく。

『ソウル・オブ・マネー』を書いたリン・トゥストさんは、ファンドレイザー(資金調達者)である。

お金をよい活動に流すために、お金を集める仕事だ。

『ソウル・オブ・マネー』を読んだことがない人は、このビデオを見てほしい。リンさんが伝えたいことが分かると思う。

彼女は、外発的動機付けに対して、次のように述べる。

「私たちは誰もが、生涯にわたり、お金への関心と魂の呼び声との綱引きを経験します。」

そして、「魂の次元」にいるときは、誠実に行動し、思慮深く、寛大で勇気があり、献身的で、愛と友情の価値を知っているのに対し、「お金の次元」にいるときは、本来の自分として認識するハートから断絶してしまうことが増えてくるのだと述べる。

最近、魂の脱植民地化というテーマにはまっている私にとっては、「魂の次元」が「自分の地平」に、「お金の次元」が「他人の地平」に対応するように思える。

「お金の次元」で生き続けることは、魂が植民地化されることを意味し、「生きるために働いている」のではなく、「死ぬために働いている」ような状況になっていくのだ。

しかし、それは、お金の問題ではなく、お金との関わり方をどのように選択するのかという問題なのだとリンは言う。

お金そのものが問題なわけではありません。お金そのものは善でも悪でもありません。お金そのものにはパワーがあるわけでも、パワーが無いわけでもありません。それは、私たちのお金に対する解釈、お金との関わり方次第であり、自己発見と自己変容の本当のチャンスを発見する場所なのです。

全くその通りだと思う。理屈は分かった。

しかし、自分の心の底まで浸透してしまっている現代社会の常識を払拭し、魂の次元でお金を使えるようになるためには、リハビリが必要だ。

そこで、できるだけ、魂の次元でお金を使ってみて、自分の内部と外部にどんなことが起こるのかを実験してみることにした。

自分で金額を決め、感謝を込めてお金を払う

1年近く、できるだけ「魂の次元」でお金を使うことを心がけたところ、応援を意図して、コミットメントを表現するために使うお金というものは、とてもパワフルなものなのだなということを実感することができた。

商品の価値と交換するためのお金を使うのではなく、自分が創りたい世界が広がっていくことを意図してお金を使っていくと、そのお金が高額でなくてもパワーを発揮する。

「お金の次元」で埋め尽くされている社会において、「魂の次元」で使ったお金は光を発する。

背景の闇が暗いほど、光は鮮烈な印象を残す。

自分が感謝を感じていることに対してお金で感謝を表現していったり、自分ができないことを代わりにやってくれる人に対して感謝の気持ちをお金で表したり、お金を自分の在り方の表現として使うようにすると、いろいろなクリエイティブな使い方を見つけることができた。
 
クラウドファンディングにお金を払うだけでなく、挑戦者に連絡を取り、うまくいく方法を一緒に考え、支援者を募るためのオンラインイベントを共に行い、支援者のコミュニティ作りを行った。
 
今年の5月から、それまで広告費に使っていた毎月10万円を、すべてペイフォワードに使うことを決めた。お金を「魂の次元」で使うことによって引き起こすことができるパワーを信じられるようになってきたからだ。

そのようにして使ったお金は、人と人との縁を深め、その縁から創造のサイクルが回り始める。

人を信頼できるようになり、自分のことも信頼できるようになり、心に平安がやってきて、孤独感が減っていく。

そんな経験を、繰り返しするようになった。

また、自分自身が、「魂の次元」のお金を受け取ったことは、大きな学びになった。

そのような想いがこもった応援を受けると、簡単には活動を止められないと感じる。そこに込められた願いを裏切りたくないという気持ちが沸いてくるのだ。

へこたれそうになったときに、「魂の次元」のコミットメントが思い浮かび、再び勇気を奮い起こして前に進めるようになる。

本当に金額ではないのだ。

ただし、注意しなくてはならない点もある。油断していると「魂の次元でお金を使うと、結局は得する」というような思考が回り、お金の次元に引き戻されてしまうことがあることだ。

常に自分のマインドがどの状態にあるのかを確認しながら、純粋な気持ちでお金を使えたときに、お金はリンさんの言う「超パワー」を発揮する。

そのことが、体験を通して、自分の身体の中に少しずつ染みこんできている。

チェンジ・ザ・ドリーム・シンポジウム

自分の地平で生きることを難しくしているのは、どこに原因があるのだろうか?

最近、私は、現代社会を覆う機械論的世界観にその原因があるのではないかと考えるようになった。

大小様々な循環が起こり、それらがゆらぎながら同期して調和を保っている世界の一断片を空間的、時間的に切り取り、直線的な因果関係を見いだしていくのが、古典的な科学の手法だ。

そして、そこで見いだされた因果関係を、切り取った空間や時間の範囲外へも適用できると考えて拡張しているのが、現在の社会の在り方なのではないだろうか。

ゆらぎながら全体で調和している自然界に対して、機械論的な因果律を当てはめていくことで生じる矛盾は、地球環境問題や、私たちの心身の不調という形で表面化してきているように思う。

これらを、機械論的パラダイムを維持したまま、科学の発展によって解決することはできないと思う。なぜなら、機械論的パラダイム自体が問題を生み出しているからだ。

この問題を解決するためには、世界観を変えなくてはならない。

生きている魚を切り刻んだ後に、寄せ集めても、「生きている魚」を再現することはできないのと同じように、分割することによって失われてしまう全体性が存在する。

世界全体に存在する大小様々な循環が、お互いに同期しながら調和を生み出すという生命論的パラダイムは、機械論のように単純に記述に落とし込んで理解することができない。しかし、単純に理解できないのは、人間の認知の限界を示しているだけであり、理解できることを理由に、自然の姿を歪めてしまうのは本末転倒だと思う。

リンさんたちが始めたチェンジ・ザ・ドリーム・シンポジウムは、その名の通り「夢を変える」ことを目指すプロジェクトである。現代社会が共有している夢、つまり、世界観を変える必要があるのだ。

その夢の中では、機械論的な世界観に基づいた未来予想プロジェクトが動いており、各自は、自分の魂の作動に基づいて行動するよりも、未来予想プロジェクトが敷いたレールに沿って行動することが求められている。そのレールの上を走るための餌としてお金や地位が使われ、それは、常に充足することが無いため、永遠にレールの上を走り続けなくてはならない。

レールから外れることは怖いことで、自分の魂の作動に従うよりも、世間で言われていることに従った方が安全だと教えられている。

しかし、そのレールの先にどんな現実が待ち構えているのか。私たちが心と頭を働かせれば、気がつくことができる。

リンさんは、絶滅に向かってレールの上をひた走る人たちに向かって、「夢を変えよう」と呼びかける。

リンさんのような人が存在していることが、私たちにとっては希望だと思う。

2016年9月4日に、リン・トゥイストさんの来日イベントが東京で実施される。

この日、東京に行くことができる人は、ぜひ、来日イベントに参加してみてほしい。

魂と繋がった行動をしている人が発するエネルギーを、感じることができるはずだ。

来日イベントの情報はこちら

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