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ライフストーリー

田原真人

カオスの中に、世界をサーチする力がある。
粘菌から始まった探究は、教育、コミュニティ、
ファシリテーション、そしてAIへとつながっていった。

1971–1998

原点 — カオスと粘菌に魅せられて

1971年生まれ。10代で感じた閉塞感の中、21歳のときジェイムズ・グリックの『カオス』と出会い、 複雑系の研究者を志す。早稲田大学理工学部応用物理学科に進学し、 大学院では細胞性粘菌のcAMPシグナリングによる自己組織化を研究。 単細胞と多細胞の間を行き来する粘菌の姿に、 「個が集まって全体が生まれる」という生命の根源的な問いを見た。

恩師・相澤洋二先生の言葉「田原君、カオスには世界をサーチする力があるんですよ」。 この言葉は、その後何度も人生のカオスに突入するたびに、心の中で響き続けた。 大学院を中退し、レールの外へ。

現在につながるもの 粘菌の「伝播ではなく出現」という仮説は、8年後に他の研究者により実証された。 この自己組織化の原理が、後のコミュニティ運営やファシリテーションの基盤となる。
1998–2010

在野の研究者として — 予備校講師とフィズヨビ

大学院を中退し、物理の予備校講師となる。 同僚の明峯哲夫さん(有機農業の活動家・在野の生物学者)との10年にわたる交流を通じて、 「生命が主体的・自律的に生きるとはどういうことか」という問いを深め、 在野の研究者として生きる覚悟を決める。

2005年、予備校の物理講義をインターネットで配信する「フィズヨビ」を創業。 複雑系の知識を応用し、ネット空間に網を張って受講者が自然にたどり着く仕組みをつくった。 60歳の男性が同じ講義を7回繰り返し視聴してマスターする姿を見て、 「オンラインは対面の代替ではない、新しい何かだ」と直感する。

現在につながるもの フィズヨビは現在も高校生向け物理動画コンテンツ学習サービスとして運営中。 「教師が教える」コンテンツ提供モデルから「人間らしい価値の提供」への転換の原点。
2011

崩壊と旅立ち — 東日本大震災とマレーシア移住

2011年3月11日、仙台で東日本大震災を体験。 宮城県仙台市、福島県いわき市、茨城県水戸市の3つの予備校で働いていた。 SPEEDIのデータが隠蔽され、住民の命よりも別のものが優先されていると知ったとき、 社会システムに対する信頼が音を立てて崩れた。

「日本の中で形成してきた世界観が崩れてしまい、ゼロから再構築したかった」。 2011年9月、マレーシアに移住。 異文化体験に苦戦しながら生活の基盤をつくる日々の中で、 認識の前提が覆るカオスの中に放り込まれた。

現在につながるもの 震災の体験が「フォアグラ型教育」(思考停止を強いる教育システム)への問題意識、 そして「魂の脱植民地化」への探究につながる。マレーシアでの10年間のオンライン生活が、 コロナ禍で世界が必要とした知見の源泉となった。
2012–2015

反転授業の研究 — オンラインコミュニティの自己組織化

反転授業(Flipped Classroom)に出会い、動画の活用と「人間らしい価値の提供」を 組み合わせる可能性を感じる。 2012年12月、Facebookグループ「反転授業の研究」を立ち上げ。 メンバーは急増し、4,000人を超えるコミュニティに成長した。

大学院で研究した自己組織化の条件——非平衡、開放系、ゆらぎの増幅——を コミュニティ運営に翻訳。 「主催者が何も分からない」ことから「問い」が生まれ、 周りを巻き込んだ探究学習が自然発生した。 マレーシア在住で「知らない・できない」ことが、逆に新しい可能性を生み出した。

現在につながるもの オンラインで初めて「フラットな関係」と「本音の付き合い」を体験。 この経験が、後の量子力学的ファシリテーションの実践的基盤となる。
2015–2017

Zoom革命 — コミュニケーション革命の直感

2015年、社会変革ファシリテータのボブ・スティルガーとの出会い。 「答えよりも問いが大事です」というボブの言葉に導かれ、 Web会議ツールZoomとも出会う。 ブレークアウト機能の登場により「誰もが簡単にオンラインワークショップを実施できる環境が整った」 と確信し、「Zoom革命」のコンセプトを提唱。

2016年の熊本地震では、オンライン対話の場が繰り返し開かれた。 「支援を反転する」というアイディアのもと、被災地の声に耳を傾け、 分断を対話で乗り越えようとする実践が展開された。 2017年、『Zoomオンライン革命!』を出版。 5年後のコロナ禍で、この直感は現実のものとなった。

現在につながるもの Zoom革命の経験は、デジタルファシリテーション研究所の原点。 「リアルの代替ではないオンラインの新しい価値」という発見が、 現在のハイブリッド型ファシリテーションにつながる。
2016–2019

世界観の転換 — 機械論から生命論へ

2016年、深尾葉子『魂の脱植民地化とは何か』との出会いをきっかけに、 安冨歩(東京大学)との交流が始まる。 安冨の著作を時代順に読み、 『複雑さを生きる』→『生きるための経済学』→『生きる技法』→『生きるための論語』→『合理的な神秘主義』と進むうちに、 機械論的世界観から生命論的世界観への認識の転換が起こった。

同時期に、NVC(非暴力コミュニケーション)のホルヘ・ルビオから 「シンパシーとエンパシーの違い」を学ぶ。 自分の内面にある怒り——社会システムの暴力に対する怒り——と向き合い、 4,000人以上のコミュニティを運営する原動力がそこにあったと気づく。

現在につながるもの 「外発エンジン」から「共創エンジン」へのパラダイムシフトという枠組みは、 現在の量子力学的ファシリテーションとAXの理論的基盤。 David Bohmの対話論と量子力学の概念が、ここで統合されていく。
2020–2021

コロナ禍 — 参加型社会の出現

2020年、コロナ・パンデミックが世界の動きを止めた。 マレーシアで10年近くロックダウン的生活をしてきた田原にとって、 「ずっとロックダウンしていたのだ」と気づく瞬間だった。 10年間で蓄積してきたオンラインの知見が、世界中で必要とされるようになった。

一方で、自ら立ち上げた組織トラス(TORus)は内部の葛藤が大きくなり、 田原はそこから離れて個人になった。 崩壊のカオスの中で、2019年のボブ・スティルガーの「福島ラーニングジャーニー」で 体験した「深い真実」——真摯に耳を傾ける人がいることで引き出される言葉——を胸に、 『出現する参加型社会』を執筆。2021年3月、参加型社会学会を設立。

現在につながるもの 「伝播ではなく出現」——粘菌研究で立てた仮説が、社会変革のモデルとなる。 内的衝動による同時多発的な動きが合流し、参加型社会が出現するという確信。
2022–

現在 — 8つの事業、いのちの社会へ

教育(フィズヨビ)、ファシリテーション(デジタルファシリテーション研究所)、 出版(エレガントリープ)、メディア(イコール)、 コミュニティ(亜流)の5分野にまたがる8つの事業を同時に運営。 量子力学とAIが「高次元ベクトル空間からの生成」という同じ数学的構造を持つことに気づき、 思考の外部化とAIとの対話を通じて人間の創造性を拡張する方法論を実践。

粘菌の自己組織化から始まった探究は、30年の時を経て、 機械論から生命論へのパラダイム転換を理論と実践の両面から推進する活動へと結実した。 いのちが大切にされる社会の実現——それが、すべての活動を貫く志。

一本の糸

21歳で出会ったカオスと粘菌。
「個が集まって全体が生まれる」という生命の問い。
その問いは、予備校講師の教室で、マレーシアのオンライン空間で、
震災後のコミュニティで、コロナ禍の対話の場で、形を変えて現れ続けた。

物理学 → 粘菌 → 教育 → オンラインコミュニティ →
Zoom革命 → ファシリテーション → AI共創。
一見バラバラに見える歩みを貫く一本の糸は、
「いのちの自己組織化」という問いそのものである。