私が、教育システムの構造的な問題について考え始めるきっかけとなったのは、311の後に見えた光景だった。

それが、実際に見えたというよりも、自分にはそういうように感じられたということなのだが、とにかく、次のようなことが自分には見えてショックだった。

真実を見てつらくなるよりは、今まで通り、楽しく生きたい

真実はどこにあるのか?と思って、夜も寝ないでインターネットで調べまくっていた自分は、他の人も同じことをやっているはずだと漠然と思っていたが、必ずしもそうではないのだということに気づき、呆然とした。孤独も感じた。

そして、それが個人の問題ではなく、教育システムや、社会システムが生み出した問題だと思い、そのメカニズムを明らかにしたいと思った。

真実を見に行くことに対する恐れは、自分自身にもある。それを見に行くと、世界の底が抜け、取り返しのつかないことになるのではないかという恐怖がわいてくる。

実際に見に行くと、確かに世界の底が抜けてしまい、ある意味、取り返しがつかない状況になったりするわけで、底が抜ける直前は、すごく怖いわけだが、抜けてしまえば、自分の中の囚われが少なくなり、思考が自由になる。すると、いろんな人と繋がれるようになり、自分の創造性が、明らかに増していく。心が柔らかくなってきて、外部の刺激に強く反応しないで受け止められるようになり、以前よりも、世界を自由に探検できるようになる。それを実感して、自分の世界を閉ざしていた蓋が、刺激に対して反応していたのだということに気づく。蓋がなくなったから、反応しなくなったのだ。

去年、由佐美加子さんからNVC(非暴力コミュニケーション)のことを学んだり、深尾葉子さん、安冨歩さんの「魂の脱植民地化研究」に関わらせていただいたりしていくなかで、蓋が構築され、世界が狭くなっていくプロセスが明確になったきた。そんな中で、1冊の本と出会った。

パウロ・フレイレ著 『被抑圧者の教育学』だ。

この本では、子どもを単なる容れ物だと見なして、お金を銀行に貯金するように、子どもに知識を流し込んでいく教育を「銀行型教育」と呼び、対話型教育へのシフトを呼びかけている。

そして、教育の中でどのように抑圧が行われているのかを解明していく。この本を読んで、曖昧だったところが明確になった。

ただ、私には、「銀行型教育」というメタファーが、どうもしっくりこなかったので、もっとよいメタファーがないかと考えていたところ、ぴったりくるものが思い浮かんだ。

それが、「フォアグラ型教育」だ。

みなさんは、フォアグラという食べ物を知っているだろうか?

ガチョウやアヒル、鴨などに対して運動の自由を奪い、餌を強制的に大量に食べさせ、脂肪肝になるようにする。その脂肪肝を「フォアグラ」という食べ物として食べるのだ。

ここには、生き物を抑圧し、モノ化するメカニズムが分かりやすい形で現れている。

もし、人間とガチョウがコミュニケーションが取れるとしたら、フォアグラ生産の場でどのようなことが起こるだろうか?きっと、次のようなことになるのではないだろうか。

フォアグラ型教育

フォアグラ生産者は、脂肪の多い食べ物をガチョウの口から強制的に流し込む。

ガチョウの身体は、「もう食べたくない」「苦しい」というサインをガチョウの脳に届ける。

しかし、ガチョウは、そのサインを受け取って食べるのを止めることができない暴力的な環境に置かれている。

フォアグラ生産者は、ガチョウが抵抗せずに、むしろ、進んでフォアグラ生産に協力するように、「口を閉じずに我慢できるなんてえらいぞ!」「おまえは、なんて強いガチョウなんだ」と褒めたり、「食べ物を戻してしまうなんてダメな奴だ」と叱ったり、「この檻から出たら餌を取ることができずに飢え死にするぞ」と脅したり、「肝臓の大きいやつほど価値がある」「肝臓の大きい優良な奴は、大きめの檻に入れてやるぞ」などと序列化したりする。

暴力的な環境に置かれているガチョウにとって、現実を直視するのはつらい。その状況で精神が崩壊することから身を守るために、ガチョウが、身体からのサインを無視し、フォアグラ生産者の意図を内面化していくと、抑圧が進む。

抑圧されたガチョウは、「自分は我慢強いガチョウだ」という虚栄心を抱いたり、「あいつは、食べ物を戻す弱いガチョウだ」「自分の肝臓のほうが、あいつの肝臓よりも大きいから、自分のほうが優れている」などと他のガチョウを見下したりするだろう。「大きな肝臓になれば、大きい檻に入る自由が手に入るのだ」と考え、進んで我慢して口を開け続けるようになるだろう。ついには、自分の肝臓のことを「フォアグラ」と呼び始め、「自分のフォアグラは5万円の商品価値がある」などと自慢し始めるだろう。

安冨歩さんは、『生きるための経済学』の中で、次のような思考連鎖を、死に魅入られた経済学(ネクロフィリア・エコノミクス)と呼んでいる。

自己嫌悪→自己欺瞞→虚栄→利己心→選択の自由→最適化

この思考連鎖は、抑圧されたガチョウのことを思い浮かべると納得できるのではないだろうか。

囚われの身である自分に対する自己嫌悪が、自己欺瞞を生み出し、虚栄や利己心を生み出していく。その先にあるのは、序列化の上に行くことで得られると思わされている選択の自由であり、以下に効率よく序列を上げるのかという行動の最適化だ。

では、抑圧されたガチョウが、自分自身を取り戻していくためには、どうしたらよいだろうか?

その第一歩は、身体からのサインに耳を傾けることだと思う。

生き物は、環境応答能力を持ち、みずから環境を作り替えながら、自分も作り替えていき、自分と環境との間に創造的な活動を生み出していく。

檻に閉じ込めて自由を奪い、身体からの応答を無視させることで、ガチョウは、多くの飼料を入力すれば、大きなフォアグラがアウトプットされるという単純な入力ー出力関係の物質系に貶められているのだ。

だから、檻から脱走し、身体からの応答に耳を傾け、環境応答力を取り戻すところが、抑圧から逃れる第一歩になる。

そして、教え込まれてきたことに対して疑問を投げかけ、それらを自分の語りによって再定義していく。

そのために重要な役割を果たすのが対話である。

学ぶというのは、抑圧者の言葉を効率よく受け入れることではない。

自分が健康に生きるために、環境とやりとりしながら、自分の語りによって世界を定義していくことだ。

深尾葉子さんは、魂の植民地化を次のように定義する。

人間の魂が、何者かによって呪縛され、そのまっとうな存在が失われ、損なわれているとき、その魂は植民地状態にあると定義する。

また、魂が植民地状態に置かれる仕組みを、次のように「蓋(ふた)」という概念を用いて説明する。

他人に何かを強要されても、あるいは外的規範や支配しようとする意図によって操作されても、必ずしも魂の自律性が損なわれるというわけではない。重要なのは、それによって自らの感覚へのフィードバックが絶たれているかどうか、である。ここで、自分自身の感覚との接続を部分的に断ち切り、あるいは長期にわたって、知覚できないように抑え込む装置ないし機構を「蓋(ふた)」と呼ぶ。

身体からのフィードバックを断ち切り、抑圧されていたガチョウたちが、対話の中から「これは、フォアグラではない。肝臓だ。私が健康に生きるために重要な役割を持った、私の内臓だ!」と気づき、自分の言葉で再定義していくとき、ガチョウの魂の蓋が開き、抑圧され、植民地化されていたガチョウの魂は、脱植民地化されていくだろう。

安冨さんは、次のような思考連鎖を、「生きるための経済学」と呼ぶ。

自愛→自分自身であること→安楽・喜び→自律・自立→積極的自由→創発

真実を見に行くと、抑え込んできた強い感情が溢れ出る。それは、多くの場合、痛みを伴う。ガチョウにとって、自分が囚われた存在であり、信じていたフォアグラ生産者が、自分を商品として扱っているという真実を知ることはつらいことだろう。

しかし、NVC(非暴力コミュニケーション)は、その強い感情を手がかりに、その奥にある自分自身が大切にしているものを探っていき、それと繋がれれば、エネルギーが沸いてくるのだと教えてくれる。私が311の後に感じた強い怒りと哀しみの奥には、「人間(生き物)が、人間(生き物)らしく生きることを大切にしたい」というニーズがあった。このニーズに繋がれたとき、怒りと哀しみの大きさが、自分の内側にあるエネルギーの大きさとして感じられた。

ガチョウは、痛みや悲しみを感じつつも、感情を抑圧していたときには感じられなかった色彩鮮やかな世界が内部に広がることを感じるだろう。それは、自分自身であることからくる喜びだ。そして、自分の内側に、「生命を躍動させて生きたい」という強いエネルギーが存在していたからこそ、強い怒りと哀しみを感じたのだということを理解するだろう。そのとき、自分が無力な家畜ではなく、自然の一部として祝福された存在であると感じられるだろう。

自由を取り戻した魂は、創造性を取り戻していく。自由な魂同士が出会うと創造の渦が回っていく。

フォアグラ型教育から、対話型教育へシフトしよう。

それは、子どもを抑圧していく教育から、子どもを解放していく教育へのシフトだ。

そのシフトには、痛みが伴う。

なぜなら、私たちもフォアグラ型教育を受けてきたし、また、そのような教育を施してきてしまったからだ。

だが、その痛みは、私たちの内部に、大切にしているものが確かに存在しているという証拠でもある。

だから、痛みの向こう側にある、自分が大切にしているものを見に行こう。

そこから、豊かで美しい世界へと繋がるはずだ。

 

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