奇跡が余白に舞い込む理由

反転授業に関わるようになり、主体的な学びとは何かというテーマについて考え始めて3年が経過しました。

生徒の主体的な学びを引き出すためには、教師と生徒の関係性を変えていかなければなりません。

関係性とは、両者の在り方だから、生徒にだけ一方的に変化を求めるのではなく、教師も同時に変化することで、関係性の変化が起こるのです。

主体的な行動が起こるためには、余白が必要です。

余白があると、様々な想定外のことが起こります。

工業化社会における教育システムでは、学校も工場のように決められた予定に沿って秩序正しく動くことが求められ、「想定外のこと=エラー」と見なし、余白を徹底的に排除してきました。

教師の仕事の多くは、余白を与えないことに使われてきました。

だから、余白を与えるという行為は、これまでの在り方を大きく変えることになり、教師にとってはある種の恐怖を伴う行為なのだと思います。

僕自身も、かつては、教室で授業をするときに余白を排除してきました。自分が思ったとおりに授業が進むことを目指し、そして、その通りに10年以上、授業をやってきました。

5年前から反転授業を始め、授業の中に余白を作り始めるとすぐに気づいたことがありました。

それは、「余白には、奇跡が舞い込む」ということです。

つまり、想定外というのは、悪いことばかりではなく、よいこともあるわけです。

想定外のよいこと=奇跡は、余白を作ったからこそ起こりえることです。

しかし、余白を作ったからといって、いつも奇跡が舞い込むわけではない。カオス状態になり、そのまま崩壊してしまうこともあります。

余白に奇跡が舞い込むための条件は、いったい何なのでしょうか?

いろいろな実験の末、私が気づいたことを書いてみたいと思います。

条件1 奇跡は、縁をたどってやってくる

なぜ余白を作ると、想定外のことが起こりえるのかというと、そもそも自分が想定できる範囲範囲というものは、常に限定されているからですね。

すべての範囲を想定できる知性は存在せず、それぞれが、限定された想定範囲のもとで考えて行動しているのです。

しかし、幸運なことに、私たちは、それぞれ異なる考えや経験を持っているので、複数の人たちの考えを重ね合わせて和集合を作ると、1人では想定できない広い範囲をカバーできるようになります。

余白を作ることで、複数の人たちの考えを重ね合わせることが可能になったとき、その中の誰もが思いもよらないやり方で、目標が達成される可能性があるのです。

だから、自分の状況をオープンにしていくことで、よい方法を知っている人が入ってきて助けてくれたり、新しいアイディアを持ち込んでくれるスペースを作ることが大切になってくるのです。

でも、どうやったら、そのスペースに人が入ってきてくれるのでしょうか?

それには、普段から作り上げている信頼関係のネットワークが大切になってきます。

僕は、信頼関係でつながった人たちが、繋がりをたどってやってきて、助けてくれることを何度も体験しました。

フィズヨビでは、受講生のみなさんに、何度も助けてもらいました。

想いの部分が共通してたり、協力し合って目標達成をしたり・・・さまざまなきっかけで縁を紡いできた人たちが、利害関係を超えて動いてくれたときに、余白に奇跡が舞い込むのです。

それならば、余裕があるときには、積極的に、他人の余白に自らを投じて奇跡を起こしていこうという考えが生まれました。

そのようにして、普段から縁を大切に紡いでいけば、自分の想定を超えた様々なことが周りで起こっていくような奇跡に満ちあふれた人生になるのではないかと思ったのです。

条件2 在り方を発信する

「余裕があるときに縁を紡いでいくと、余白に奇跡が舞い込むようになる」という仮説に基づき、5月からペイフォワード予算10万円を、毎月使うことを始めました。

見返りを求めずに、自分が本当に応援したい人、縁を大切にしたい人に対して、感謝と応援の気持ちを表現するために、5万円、10万円というお金を寄付していくのです。

5ヶ月間やってみて、気づいたことがあります。

それは、特定の人にお金を払うことで応援しているということに留まらない結果をもたらしているということです。

一つは、お互いの持つ信頼関係のネットワークを繋いでいくことができるということです。

少なくない金額を応援のために払うことができる相手は、僕が信頼している相手だけです。

ペイフォワードをするという行為は、「僕は、この人を信頼しているんですよ!」ということを、周りに示す行為です。それは、「田原が信用しているのなら、信用できる人なんだろうな」ということで、信頼関係のネットワークをつなぎ合わせていく効果をもたらします。

もう一つは、自分の在り方を発信しているのだということです。

「みなさん~ 田原は本気でペイフォワードをしていくような人間ですよー」という在り方を発信し続けると、いろんな人が安心して声をかけてくれるようになってきたのです。

すごい頻度で、いろんな人たちと繋がり始めたので、いったい何が起こっているのかなと思ったのですが、おそらくこういうことではないかと思います。

誰かと一緒に仕事をしたり、プロジェクトをしたりするときには、みなさんも、相手が「奪う人」なのか「与える人」なのかを見極めようとするのではないでしょうか?

両者が「奪う人」同士なら、お互いに引っ張り合って、どこかで均衡します。

相手が、「奪う人」で、こちらが「与える人」の場合は、こちらのリソースをどんどん奪われて疲弊してしまいます。

両者が「与える人」の場合は、場に循環が起こり、創造のサイクルが回っていきます。

ペイフォワード予算についての発信を続けていくことは、「私は与える人です」ということを表明していることになり、たくさんの「与える人」が、僕のところにアクセスしてきてくれるようになってきたのです。

その結果、創造のサイクルが回りやすい状況が、次々に生まれています。

5ヶ月間続けてきて、ようやく自分のやっていることの意味が分かり、言語化することができました。

クラウドファンディングは、縁を紡ぐと同時に、自分の在り方を発信する機会

僕は、クラウドファンディングを応援することが多いのですが、そのときに、ただお金を払うだけでなく、縁を紡げる相手なのかどうかを見極めます。

そして、単にお金を払って応援するだけでなく、その人の活動にコミットして、一緒に達成を喜び合えるように応援していきます。

さらに、クラウドファンディングが終わった後も、その関係を大切にしていきます。

そのような在り方が、また、周りに伝わり、様々な縁をもたらしてくれます。

今月、ペイフォワード予算の50%である5万円をつぎ込み、一緒にZoomイベントを行い、全力で応援しているのが、映画監督の古新舜さんです。

僕が巣鴨学園で数学の非常勤講師をやっていたときに、古新さんは生徒として同じ学校に通っていたというところから始まり、ともに、早稲田大学理工学部応用物理学科へ進み、ともに、その後、予備校講師になり、今は、映像と教育とを結びつけた活動をしているという2人なので、強い縁を感じざるを得ません。

そして、古新さんもまた、縁を大切にしながら、与え合って創造を起こしていく「与える人」です。

クラウドファンディングは、本日(9月29日)が最終日で、達成まであと少しです。

古新さんの活動を応援している僕は、のクラウドファンディングを応援してくださる人に心から感謝し、応援してくださる人と縁を大切にしていきたいと思っていますので、支援した後に、ぜひ、田原までご連絡ください。

クラウドファンディングは、まさに、不確定な未来へ自分を投げ出していく挑戦です。

古新さんが作った余白に、一緒に奇跡を舞い込ませてみませんか?

古新舜が贈る!長編映画「あまのがわ」〜分身ロボットOriHimeと自分探しの旅〜

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