田原真人

クラウドに粘土団子を撒く自己組織ファシリテーター

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Masato Tahara

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Profile(English)

田原真人(たはらまさと)

自己組織化ファシリテーター
オンライン教育プロデューサー
「反転授業の研究」代表
「フィズヨビ」代表

早稲田大学理工学研究科博士課程で生命現象の自己組織化について研究後、河合塾の物理講師になり、2005年に物理ネット予備校(フィズヨビ)を立ち上げる。反転授業との出会いをきっかけに、ピラミッド型の社会システムや教育システムに疑問を抱くようになる。自らの学び場を自分で創るために「反転授業の研究」を立ち上げる。そこで対話を通した自己組織化と出会ったことで、学生時代に学んだことを生かせるようになった。オンラインコミュニティに自己組織化が起こり、集合知→価値創造→価値提供の循環を生み出せるようになった。その体験を分かち合うために自己組織ファシリテーターとしての活動を始める。
 
動画や、Zoom(Web会議室)、Moodleなどを組み合わせながら、オンラインに安心安全の場を創り、心を開いて対話し、揺らぎを増幅して場の温度を上げていくと「場の<いのち>」が創発する。これは、生きものが持っている根源的な仕組みであり、自然の摂理そのものだと思う。しかし、自然の摂理から隔たったピラミッド型の社会の内部では、そのような仕組みは忘れられていることが多い。自然の摂理に沿った生き方をすれば、それぞれが自分と繋がることができ、多様な個が繋がって共創造していく共存在の世界を創るはずだ。その世界観を広げるために、志を持った人の周りにオンラインの場を創り、リアルとオンラインを循環させながら活動をエンパワーしていく。

田原真人の詳しいプロフィールはこちら

自然農法の福岡正信さんは、粘土団子の中に多くの種を詰め込み荒れ地にばら撒いた。そのときに発芽すべき種が発芽するのだから、人間は判断せずに自然に任せればよいのだという。
 
本来知り得ない未来を予想し、安心感を得ようとする心は、他の生命を押さえつけて管理するシステムを生み出す。科学によって未来を予想するためには、再現可能な初期条件が必要なのだ。人類は自然界の生き物たちを管理しようとし、また、一部の人たちが、他の人たちを管理しようとする。管理された自然は活力を失い、管理された人たちは心身を病んでいく。
 
ここから、どうやって抜け出したらよいのだろうか?

見返りを期待せずに、未来へ向かって種を撒いていくことが、管理から抜け出す道ではないだろうか。
 
アスファルトの隙間からも、ビルの屋上からも植物はたくましく芽を出していく。ありとあらゆる可能性を試し続ける。その中で必然的に循環構造が自己組織化する。
 
どのような未来が来るかは、種を撒く人には分からない。でも、種を撒き続けることは、管理から抜け出し、私たちが生き物としての誇りを持って健やかに生きることができる社会へと繋がっていく。
 
クラウドに粘土団子を撒こう。
 
そこからどんな芽が生えてくるかは、宇宙が教えてくれるだろう。
 
予想もしなかった人たちとオンラインで繋がり、想いが共鳴して自己組織化が起こり、大きなうねりとなっていくはずだ。

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田原の物理

たとえ話と微積分で物理がどんどん得意になる「田原の物理」がアプリで登場。
講師(田原真人)とリキヤくん、ナミさんの2人の生徒の対話形式で進行。楽しく分かりやすい解説と物理シミュレーション動画で「力学」の理解が深まり、数々の問題をスイスイ解いていけるようになります。・先生と生徒の対話形式で、学習者の気持ちに立った、分かりやすい解説。
・物体の動きをシミュレーションした動画を閲覧でき、解説の理解が深まる。
・条件を自分で設定して、物体の動きを実験できる【3D物理シミュレーション】も実装!
・各講義の最後には、「田原の物理」ブログで息抜きを。
・有料版の購入者には、演習問題の解説動画や印刷用PDFをプレゼント。

本アプリ内に「田原の物理 力学」の無料体験版が付属。たとえ話や物理シミュレーション動画を体感できます。「田原の物理 力学」の全ての内容をご覧いただく場合は、アプリ内で「田原の物理 力学」有料版をご購入下さい。

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田原真人は、同じビジョンを持った仲間を探しています。

このサイトを見て、一緒にやりたいプロジェクトがあれば、ぜひ、連絡してください。

一人じゃできないことでも、力を合わせれば実現できます。

一緒に実現するために考えましょう。

一緒に未来を創っていきましょう。


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  • 『ソウル・オブ・マネー』を実践して気づいたこと

    自分らしく生きることを邪魔するものがある。

    それが、外発的動機付けである。

    学生時代には、学力テストの点数が外発的動機付けとして使われ、自分らしく学びたい気持ちを邪魔してくる。

    点数をとらねばならないというプレッシャーで後ろから押され、人よりもよい点数をとって優越感を得たいという欲で前から引っ張られる。

    外発的動機付けが強い場にさらされると、子どもたちは、自分の地平で生きるのを止め、他人の地平で生き始める。

    自分の頭で理解したり、納得したりすると時間がかかってしまって学力テストで点数が取れないので、点数をとるためにやり方を覚えるという方法を取るようになる。

    自分にとっては無意味な作業を、外発的動機付けのために延々とやり続けるようになってしまうのだ。

    この延長線上に、会社への就職があり、学力テストによって行われていた外発的動機付けが、会社での地位とお金に置き換わる。 

    自分の魂がワクワクしてやりたい活動をあきらめ、お金になる仕事へ時間を振り分けるようになる。

    お金がないと生きていけないぞという恐れによって後ろから押され、多くのお金を持つことで「成功」したいという欲により前から引っ張られるのだ。

    一度、自分の地平で生きることを手放すと、外発的動機付けがないと前に進めなくなるため、自ら外発的動機付けを求めるようになる。

    このようにして、お金で支配される仕組みができあがっていく。

    『ソウル・オブ・マネー』を書いたリン・トゥストさんは、ファンドレイザー(資金調達者)である。

    お金をよい活動に流すために、お金を集める仕事だ。

    『ソウル・オブ・マネー』を読んだことがない人は、このビデオを見てほしい。リンさんが伝えたいことが分かると思う。

    彼女は、外発的動機付けに対して、次のように述べる。

    「私たちは誰もが、生涯にわたり、お金への関心と魂の呼び声との綱引きを経験します。」

    そして、「魂の次元」にいるときは、誠実に行動し、思慮深く、寛大で勇気があり、献身的で、愛と友情の価値を知っているのに対し、「お金の次元」にいるときは、本来の自分として認識するハートから断絶してしまうことが増えてくるのだと述べる。

    最近、魂の脱植民地化というテーマにはまっている私にとっては、「魂の次元」が「自分の地平」に、「お金の次元」が「他人の地平」に対応するように思える。

    「お金の次元」で生き続けることは、魂が植民地化されることを意味し、「生きるために働いている」のではなく、「死ぬために働いている」ような状況になっていくのだ。

    しかし、それは、お金の問題ではなく、お金との関わり方をどのように選択するのかという問題なのだとリンは言う。

    お金そのものが問題なわけではありません。お金そのものは善でも悪でもありません。お金そのものにはパワーがあるわけでも、パワーが無いわけでもありません。それは、私たちのお金に対する解釈、お金との関わり方次第であり、自己発見と自己変容の本当のチャンスを発見する場所なのです。

    全くその通りだと思う。理屈は分かった。

    しかし、自分の心の底まで浸透してしまっている現代社会の常識を払拭し、魂の次元でお金を使えるようになるためには、リハビリが必要だ。

    そこで、できるだけ、魂の次元でお金を使ってみて、自分の内部と外部にどんなことが起こるのかを実験してみることにした。

    自分で金額を決め、感謝を込めてお金を払う

    1年近く、できるだけ「魂の次元」でお金を使うことを心がけたところ、応援を意図して、コミットメントを表現するために使うお金というものは、とてもパワフルなものなのだなということを実感することができた。

    商品の価値と交換するためのお金を使うのではなく、自分が創りたい世界が広がっていくことを意図してお金を使っていくと、そのお金が高額でなくてもパワーを発揮する。

    「お金の次元」で埋め尽くされている社会において、「魂の次元」で使ったお金は光を発する。

    背景の闇が暗いほど、光は鮮烈な印象を残す。

    自分が感謝を感じていることに対してお金で感謝を表現していったり、自分ができないことを代わりにやってくれる人に対して感謝の気持ちをお金で表したり、お金を自分の在り方の表現として使うようにすると、いろいろなクリエイティブな使い方を見つけることができた。
     
    クラウドファンディングにお金を払うだけでなく、挑戦者に連絡を取り、うまくいく方法を一緒に考え、支援者を募るためのオンラインイベントを共に行い、支援者のコミュニティ作りを行った。
     
    今年の5月から、それまで広告費に使っていた毎月10万円を、すべてペイフォワードに使うことを決めた。お金を「魂の次元」で使うことによって引き起こすことができるパワーを信じられるようになってきたからだ。

    そのようにして使ったお金は、人と人との縁を深め、その縁から創造のサイクルが回り始める。

    人を信頼できるようになり、自分のことも信頼できるようになり、心に平安がやってきて、孤独感が減っていく。

    そんな経験を、繰り返しするようになった。

    また、自分自身が、「魂の次元」のお金を受け取ったことは、大きな学びになった。

    そのような想いがこもった応援を受けると、簡単には活動を止められないと感じる。そこに込められた願いを裏切りたくないという気持ちが沸いてくるのだ。

    へこたれそうになったときに、「魂の次元」のコミットメントが思い浮かび、再び勇気を奮い起こして前に進めるようになる。

    本当に金額ではないのだ。

    ただし、注意しなくてはならない点もある。油断していると「魂の次元でお金を使うと、結局は得する」というような思考が回り、お金の次元に引き戻されてしまうことがあることだ。

    常に自分のマインドがどの状態にあるのかを確認しながら、純粋な気持ちでお金を使えたときに、お金はリンさんの言う「超パワー」を発揮する。

    そのことが、体験を通して、自分の身体の中に少しずつ染みこんできている。

    チェンジ・ザ・ドリーム・シンポジウム

    自分の地平で生きることを難しくしているのは、どこに原因があるのだろうか?

    最近、私は、現代社会を覆う機械論的世界観にその原因があるのではないかと考えるようになった。

    大小様々な循環が起こり、それらがゆらぎながら同期して調和を保っている世界の一断片を空間的、時間的に切り取り、直線的な因果関係を見いだしていくのが、古典的な科学の手法だ。

    そして、そこで見いだされた因果関係を、切り取った空間や時間の範囲外へも適用できると考えて拡張しているのが、現在の社会の在り方なのではないだろうか。

    ゆらぎながら全体で調和している自然界に対して、機械論的な因果律を当てはめていくことで生じる矛盾は、地球環境問題や、私たちの心身の不調という形で表面化してきているように思う。

    これらを、機械論的パラダイムを維持したまま、科学の発展によって解決することはできないと思う。なぜなら、機械論的パラダイム自体が問題を生み出しているからだ。

    この問題を解決するためには、世界観を変えなくてはならない。

    生きている魚を切り刻んだ後に、寄せ集めても、「生きている魚」を再現することはできないのと同じように、分割することによって失われてしまう全体性が存在する。

    世界全体に存在する大小様々な循環が、お互いに同期しながら調和を生み出すという生命論的パラダイムは、機械論のように単純に記述に落とし込んで理解することができない。しかし、単純に理解できないのは、人間の認知の限界を示しているだけであり、理解できることを理由に、自然の姿を歪めてしまうのは本末転倒だと思う。

    リンさんたちが始めたチェンジ・ザ・ドリーム・シンポジウムは、その名の通り「夢を変える」ことを目指すプロジェクトである。現代社会が共有している夢、つまり、世界観を変える必要があるのだ。

    その夢の中では、機械論的な世界観に基づいた未来予想プロジェクトが動いており、各自は、自分の魂の作動に基づいて行動するよりも、未来予想プロジェクトが敷いたレールに沿って行動することが求められている。そのレールの上を走るための餌としてお金や地位が使われ、それは、常に充足することが無いため、永遠にレールの上を走り続けなくてはならない。

    レールから外れることは怖いことで、自分の魂の作動に従うよりも、世間で言われていることに従った方が安全だと教えられている。

    しかし、そのレールの先にどんな現実が待ち構えているのか。私たちが心と頭を働かせれば、気がつくことができる。

    リンさんは、絶滅に向かってレールの上をひた走る人たちに向かって、「夢を変えよう」と呼びかける。

    リンさんのような人が存在していることが、私たちにとっては希望だと思う。

    2016年9月4日に、リン・トゥイストさんの来日イベントが東京で実施される。

    この日、東京に行くことができる人は、ぜひ、来日イベントに参加してみてほしい。

    魂と繋がった行動をしている人が発するエネルギーを、感じることができるはずだ。

    来日イベントの情報はこちら

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  • 生命論的世界観は、機械論的世界観を内包する

    パラダイムシフトという言葉には、恐れがつきまとうように思う。

    新しいパラダイムに移行したら、過去のパラダイムに生きていた自分の人生を否定しなくてはいけなくなるような気がするからだ。

    新パラダイムVS旧パラダイムの対立の末、新パラダイムが勝利し、旧パラダイムに生きていた人たちは敗者となる・・という漠然とした恐れが、パラダイムシフトを妨げる抵抗力になっているように思う。

    僕自身も、このイメージにはまっていたのだが、最近、ふとしたことでここから抜け出すことができた。

    そのきっかけとなったのが、『合理的な神秘主義』を読んだことだった。

    世界は非線形現象で満ち溢れている

    この本から得た気づきが、自分の思考の枠組みに雪崩現象を起こしたということを説明するために、自分の背景について書いておく。

    自分についての話は、大学3年生のときのカオス理論との出会いから始まる。

    『合理的な神秘主義』を読みながら、カオス理論と出会ったときの衝撃が何だったのかを思い出していた。

    一番衝撃だったことは、「世界は非線形現象で満ちあふれている」ということであり、その一部分を切り取って直線として近似する理由は、直線でないと手で計算できないからだという事実だった。

    変数間の関係を直線で表すことができれば、「線形性」という性質を使うことができ、自由に分離したり、重ね合わせることができるようになる。つまり、デカルトが方法序説で述べた「分析と総合」の手法を適用できるようになるのだ。

    senkei

    「分析と総合」の手法を使うことができれば、複雑な現象でも単純な要素の重ね合わせとして理解できるようになるので、すべての原因を要素へ還元する要素還元主義が成り立つように見える。

    しかし、重要な点は、この話は、非線形現象に満ちあふれている世界の一部を近視眼的に切り取るところから始まっていることだ。コンピューターが登場し、近視眼的に切り取った世界のちょっと外側の世界を見ることができるようになったとたんに、近視眼的に切り取った世界の内側で理解したことを、外側に適用できないということが分かってきた。その象徴が「カオス」という現象なのだ。

    人間の細胞を寄せ集めても人間にならないように、要素の集合体としては理解できない全体がある。

    分割してしまうことによって失われてしまう全体性が確かに存在し、そこでは、分析と総合が不可能になる。

    外側と隔離した実験室の空間の中に人工的に創り出した線形現象を、現象を記述でき、実験で再現可能であることを根拠に真実と認め、適用限界を超えて実験室の外側へ拡張していったのが、機械論的世界観なのではないかと思う。

    いったん前提ができあがると、矛盾にぶつかるまで進み続ける。ニュートン力学の確立をきっかけに始まった機械論的世界観は、20世紀には世界中を覆ったが、その歪みが無視できなくなってきており、前提が問い直される時期が来ている。

    機械論的世界観の内側から生まれた矛盾が、カオス理論であり、量子力学である。また、外側に生まれた問題が、地球環境問題であり、アレルギーや食の問題であり、高い自殺率の問題であろう。

    非線形現象に満ちあふれた世界に、強引に線形哲学を押しつけていった結果、実験室の外部である地球や、私たちの身体が悲鳴を上げ始めているのだ。

    未来予想プロジェクトが成り立つ前提とは?

    機械論的世界観が生み出したものの中で最も世界に影響を与えたものは、「未来は予想できる」という考えなのではないか。

    実際の世界を、観測によって記述世界の中に写し取り、記述されているものの間に帰納的に法則を発見し、その法則を演繹的に未来へ適用することによって未来を予測するわけだが、この物語が見落としているものはなんだろうか?

    『合理的な神秘主義』は、機械論的な世界観が無視している「語り得ないもの」について取り組んできた哲学者たちの思考をたどっていく本だ。

    安冨さんは、それらに「非線形哲学」と名づけている。このように名づけてくれたおかげで、非線形現象の解明に20代のほとんどを費やした僕自身の様々な思考の断片を、現在の活動と結びつけて、生かせるようになった。

    「語り得ないもの」とは、魂の作動のことであり、内在的世界のことである。

    機械論的世界観を、生命で満ちあふれる地球上で展開していくときに、記述世界の中に写し取られずに捨てられるのが、魂の作動であり、私たちを含む生き物の内在的世界である。

    実際の世界を記述世界に写し取った瞬間から、未来予想へのプロジェクトがスタートする。記号操作が示す未来が、私たちの不確定性に対する不安を減らしてくれるのだ。

    ここで、記号操作による未来予想が的中するための前提条件は何だろうか?

    それは、記述と記述されたものとが、一致し続けていることである。

    「あなたってやさしい人よね」と言われても、未来に渡って優しくあり続ける保証はないのが人間である。

    魂の作動は、記述できないものであるため、私たちの生命活動は、ある時点で記述されたものから逸脱していく。機械論的世界観が無視している「語り得ないもの」の働きによって、記述されたものと現実との間の乖離が広がっていき、それが、未来予想プロジェクトを破綻させる原因となるのだ。

    じゃあ、未来予想プロジェクトを成功させるためにはどうしたらよいのだろうか?

    そのためには、私たちが、魂の作動を抑え込み、記述されたとおりに振る舞い続ければよいのだ。

    そうすれば、未来予想プロジェクトは予定通りに進み、私たちは未来に対する不安を感じずに日々を送ることができる。

    しかし、そのためには、記述された「現代社会に住む人間の生き方マニュアル」に沿って、すべての人間が行動することが必要であり、そこから逸脱する人は、未来予想プロジェクトを脅かす存在として排除しなくてはならないのだ。

    このように、機械論的世界観に基づいた未来予想プロジェクトは、生き生きとした生命活動を抑制することと不可分な関係にある。

    たとえば、農業は、植物の生命活動から収穫物を得る営みであるが、ここに未来予想プロジェクトを適用しようとすると、不確定要素である「生命らしさ」を徹底的に排除していくことになる。その行き着く先が、工場における無菌の水耕栽培である。ここでは、植物は、環境応答能力を単純化され、決められたインプットに対して、決められたアウトプットを返す「物質」と化し、予定された通りの野菜が、再現可能な形でできあがる。

    植物は、本来、土壌における炭素や窒素の循環の中で育つ。そのような循環構造は、まさに非線形現象であり、常にゆらぎながら調和を保ち、それが、ホメオスタシスに繋がっている。

    未来予想プロジェクトは、循環の環を不確定要素として断ち切り、単純な線形応答系として捉えられる環境に植物を追い込んでいく。

    ここで考えたいのは、私たちが受けてきた教育、社会秩序にも、このような未来予想プロジェクトが展開されており、その中で、私たちの魂の作動は、未来予想プロジェクトを破綻させる原因になるものとして抑え込まれているのではないかということである。

    安冨さんは、「語り得ないもの」である魂の作動を直接語ることはできないが、魂の作動を抑え込む仕組みについては、語ることができると言い、「魂の脱植民地化」シリーズを展開している。しかし、『合理的な神秘主義』は、「語り得ないもの」をテーマに取り組んできた人たちの歩みを扱っており、より直接的に「魂の作動」へ近づこうとしている挑戦であるように思う。

    未来予想に安心を求めず、魂の作動に従って生きる

    未来の不確定性に対する不安が、未来予想プロジェクトを生み出し、そのプロジェクトが生き生きとした生命活動を抑え込むという本末転倒な状況から抜け出す道はあるのだろうか?

    そのヒントは、自然界の生き物は、未来を予想しないのにもかかわらず、調和を達成しているというところにあるのではないだろうか。

    火山灰に覆われた荒れ地には、いつしか雑草が生え始め、雑草の命の循環が土壌を創り出し、より大きな植物の生育を可能にしていき、いつしか、森となり、豊かな生態系の循環を生み出していく。

    私たちも生き物である以上、このような生態系を生み出していく機能を身体に備えているはずだ。

    ゆらぎに対して敏感に反応し、学習回路を回していくと、同期現象や、分化現象などが起こり、循環構造が自己組織化して、その中で生きていけるようになる。

    未来予想プロジェクトから外れていくときには、「それで生きていけるのか?」という恐怖が生まれる。

    未来予想プロジェクトが破綻しないように、いつの間にか自分の中に埋め込まれている恐怖で縛る仕組みが発動するからだ。

    しかし、そこから抜け出すことからすべてが始まる。

    さんざん躊躇したあげくに一歩を踏み出した自分にとって、『合理的な神秘主義』に登場してくる哲学者たちの生き方は勇気を与えてくれ、その知恵が確信を与えてくれる。

    そして、自分自身が情熱を傾けてきた複雑系の分野での研究が、非線形現象に対する暗黙知として自分を支えてくれている。

    線形哲学は、非線形哲学に内包されている。

    それは、ニュートン力学が、相対性理論に内包されているのと似ている。

    パラダイムシフトは、機械論的世界観の否定によって起こるのではなく、機械論的世界観の適用範囲を超えた濫用がもたらしているものの存在に気づき、不確定なものを過剰に恐れずに生き物が非線形現象によって自己組織化する循環の存在を信じ、自らを循環の中に投げ込んでいくことで起こるのではないかと思う。

    それは、生命論的パラダイムの一次近似として、機械論的パラダイムが限定的に利用される世界なのではないだろうか。

    自分がどこに存在していて、どこに進もうとしているのかが、『合理的な神秘主義』を読んだことでクリアになった。

     

     

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  • ペイフォワード予算10万円を4ヶ月間使ってみて気づいたこと

    お金の使い方について、面白い実験をしている。

    2016年3月まで、毎月、10万円をリスティング広告に使っていたのだが、それをやめて、代わりにペイフォワードに使うことにしたのだ。

    4月から7月まで、毎月10万円ずつ使ったので、ペイフォワードに使った金額の合計は40万円になった。

    ちなみに8月も続けようと思っている。

    ペイフォワード予算を設定し、感謝と応援の気持ちからお金を使っていくという実験的な試みが、自分の内部と外部にどのようなことを引き起こしているのかを、みなさんと共有したいと思う。

    ペイフォワード予算を始めたきっかけ

    まず、どうしてこんなことを始めたのかということから説明したいと思う。

    きっかけは、僕の生活を支えている仕事であるフィズヨビを大きく変化させたことだった。

    このブログを読んでくださっている方はご存知かもしれないが、僕は、反転授業の研究というオンラインコミュニティを主催している。

    そこでは、外発的動機付け(飴とムチ)を減らし、内発的動機付けによって自ら学ぶことの大切さについて対話してきた。そして、対話が深まるに従い、自分の心が変容してきた。

    自分の心が変容すると、自分とフィズヨビとの間に不調和が生まれ、それまでのやり方でフィズヨビを維持することが難しくなってきた。

    日本の教育システムは、偏差値で序列化された大学というポジションを飴とムチに使い、大学受験というレースに生徒を駆り立てる仕組みである。その仕組み自体に疑問がわいてくると、そのレースに勝つ方法を教える「予備校」という存在を自分が続けていくことが苦しくなってきたのだ。

    しかし、「合格」や「成績が上がる」といった分かりやすいメリットを示して人を引き付けないと、仕事として成り立たないのではないかという思い込みを手放すことが難しく、心は変化を求めている一方で、なかなか一歩を踏み出すことができずにいた。

    変化を求める心に対して、恐れがブレーキをかけていたのだ。

    そのままの状態で1年が過ぎ、自分の心の中のダムが決壊する形で、2016年5月に、方向性を大きく変えたホームページを作り、新しいフィズヨビがスタートした。

    新しいフィズヨビでは、飴とムチに関わる表現を無くし、「自ら学ぶ・未来を創る」というキャッチフレーズとした。

    ホームページの変更に伴い、今までグーグルアドセンスに使っていた広告費10万円/月を再考することにした。

    フィズヨビを自然の摂理に沿った学びにシフトしたいと思ったときに、広告費に10万円/月払うという在り方がしっくりこなかったのだ。

    でも、今まで使っていた10万円/月をゼロにするのではなく、せっかくだから、これからのフィズヨビの在り方と一致する形で使いたいと思った。

    それで思いついたのが、感謝と応援に使うことだった。

    広告によって強引に人を集めるのではなく、ペイフォワードによる循環が起こって自分も生きていけるようになればうれしいなと思った。

    そう思ったらワクワクしてきて、始めることにした。

    最初の一歩

    自分のマインドセットを変えるために、とりあえずやってみようと思った。

    そして、自分が今の活動をすることができているのは、誰のおかげだろうかと胸に手を当てて考えてみた。

    そしたら、ワールドカフェホストのエイミー・レンゾーさんの顔が浮かんできた。

    ワールドカフェのことを教えてくれたのもエイミーさん。

    オンライン講座のやり方を教えてくれたのもエイミーさん。

    Zoomの存在を教えてくれたのもエイミーさん。

    エイミーさんからは、たくさんのものを受け取っているということに思い至った。

    ワールドカフェはオープンソースだから、誰でも自由に使うことができ、世界中に広まっている。その一方で、中心になって活動している人たちにはお金が回っていかない。

    ワールドカフェの恩恵を受けている人たちが、自ら自分の意志で感謝を込めてお金を払っていけば、愛を起点とした循環が生まれていくのではないか。

    そんな循環を意図して、まずは、自分から動いてみようと思い、エイミーさんにメッセージを送り、1000USDを寄付したいということを伝えた。

    自分はすでにたくさんのものをエイミーから受け取っていると感じているから、その感謝を表現したいんだと伝えた。

    エイミーさんは、驚いた様子だったが、僕の意図をよく理解してくれた。

    そして、社会に循環が起こるために何が必要なのかということについて、ふたりでいろいろなやり取りをした。

    やり取りをしながら、心の中に大きな満足感があった。

    何だか、今までにないクリエイティブなお金の使い方を見つけたような実感があった。

    最初のアクションの満足感が大きかったので、ペイフォワードをしばらく続けてみることにした。

    ペイフォワードすることによって起こった内面の変化

    この活動をする上で一番大事なのは、ロジカルに考えないこと。

    循環が創発するという自己組織化は、僕の限られた情報の中からロジカルに考えた答えからは出てこないのだから、それを手放そうと思った。

    その代わりに、お金を払うときに自分の中で喜びがあるかどうかという感覚にゆだねることにした。

    お金を払うことをイメージしたときに、感謝や応援の気持ちが自分の内部にあふれて、お金に魂を込めて相手に渡せるそうな気がするかどうかということで決めることにした。

    10万円というお金は、僕にとって大きいお金なので、

    ・自分が今の活動をできているのは、誰のおかげだろうか?

    ・自分は、どこに感謝を感じているだろうか?

    ということを、頻繁に考えるようになった。

    その結果、必然的に、自分の日常の中に感謝について考える時間が増え、生活が変化した。

    毎月、立ち止まって、10万円の支払先を考えながら、真剣に「自分はどこに感謝を感じているだろうか?世界のどこを応援したいと思っているだろうか?」と自問自答する時間を持つことで、自分の意識が変わっていくのが分かった。

    それは、

    「今、この瞬間、自分のエネルギーをどこに注ぐのがベストだろうか?」

    という問いにもつながっていた。

    毎月、これらの問いについて考える時間を作っているということに、すでに10万円以上の価値があるように思えた。

    ペイフォワードから始まった物語

    ペイフォワードするときに気を付けていることは、見返りを求めないということ。

    お金を「交換」ではなく、感謝と応援に使わなかったらペイフォワードにはならないと思うからだ。

    ペイフォワードするという行為が、相手の心を動かし、エンパワーし、次の創造へと繋がり、循環を起こしていくことを祈りながら、ただ払う。

    あと、最近気を付けているのは、ペイフォワードはお金だけではないということ。

    僕の頭の中には、損得勘定という慣れた思考の枠組みが存在しているから、そこに陥りやすい。自分がお金以外のペイフォワードを意識するようになると、他の人が自分にしてくれていることにも気付くことができるようになり、感謝を感じられるようになる。

    最近起こったすてきなことを、列挙してみる。

     

    (1)IAFの国際会議に参加することになった

    台湾で行われるIAFの国際会議の1つのセッションを、香取一昭さん、エイミー・レンゾーさん、僕の3人で担当することになった。

    僕をワールドカフェの世界に誘ってくれたもう一人の恩人である香取さんが、Hybrid Online Facilitation – Technology Accelerate Global Collaborationという分科会の共同ホストとして、僕を誘ってくれたのだ。台湾の会場と、Zoomのオンラインの場とをつなぎ、香取さんがリアルの場、エイミーさんがオンラインの場をファシリし、僕は台湾の会場にいてリアルとオンラインの場を橋渡しをする。今までやってきたバーチャルファシリテーションの実践についてストーリーテリングする機会もいただいた。実績十分の二人に交じって共同ホストをさせていただけることが、とてもありがたい。

    香取さん、エイミーさんと3人でZoomで行う打ち合わせが、すでに僕にとっては学びの宝庫だ。香取さんやエイミーさんが、どんな風に考えてワールドカフェの問いを作っているのかをまじかに見るのはとても勉強になる。台湾で多くのファシリテーターと直接会って話すことができることもすばらしい経験になると思う。

    (2)外国ルーツの子どもたちのオンライン講座のクラウドファンディング達成

    昨年から応援している田中宝紀さんが、Zoomを使った日本語のオンライン講座を配信するためのプラットフォームを立ち上げるためのクラウドファンディングを始めたので、ペイフォワード予算を使って応援した。

    クラウドファンディング達成を応援するために、オンラインイベントを企画したりもした。

    繋がることで共創のサイクルが回っていくことに喜びがあり、そこに自分のお金とエネルギーをつぎ込んでいくことに躊躇はない。

    田中さんのソリューションに、僕が取り組んできたZoomが採用されていることにも喜びがある。

    語り合うことからアイディアが生まれ、よいものが創造されていくことに希望がある。

    (3)江藤由布さん、桑原恭祐さんのラーニングスプラッシュのクラウドファンディング達成

    8月に一般社団法人オーガニックラーニングが実施するワークショップ「ラーニングスプラッシュ」は、反転授業の研究からも多くのゲストが登壇する。僕たちの未来を江藤さんと桑原さんが先頭に立って切り開いてくれるイベント。

    そのことがとてもありがたく、現地に行けない僕は、資金援助という形で応援することにした。

    教育界で、こんなことをやれるんだという先行事例を作ることで、後に続く人の道が開けると思う。

    その活動にコミットメントできたことに喜びを感じている。

    (4)筒井さんたちの社団法人にコミットすることになった

    反転授業の研究のオンライン講座は、運営ボランティア制度を導入している。これは、京都精華大学で筒井洋一さんがやっていたCT(Creative Team)を真似して導入したものだ。

    そのおかげで反転授業の研究のオンライン講座は、非常に豊かな学びを生み出すことができ、生態系のように信頼関係のネットワークが広がっていくものとなった。

    きっかけを与えてくれた筒井さんに感謝の気持ちを伝えてペイフォワードしたところ、現在設立準備中の社団法人の会員番号1番をいただくことになった。

    学びを外に開いていこうとしている筒井さんの活動にコミットできることはうれしい。お金を払うということは、コミットメントを高めていくということなんだという学びがあった。

    (5)フェアリー基金が設立

    実は、ペイフォワード予算を始める前に、そこにつながる素敵な体験があった。

    由佐美香子さんがやっているワークショップに興味があり、参加したいと思っていたけど、地理的に参加できないよなぁーと思っていたとき、バリコス企画の吉田恭隆さんが動画販売を始めてくれたので、継続してほしいという願いを込めて、少し多めに振り込んで、残りの金額を寄付した。

    それが動画販売の最初の試みで、最初の申込者である僕が寄付を申し込んだことで、企画自体が祝福された気持ちになったということで、予想外に大変感謝された。そして、僕が東京へ行く予定に合わせて由佐さんがワークショップを開いてくれることになった。

    そこから、由佐さんの講座をいっしょにオンラインで実施することになったり、吉田さんが一定金額以上の売り上げが上がったら動画を無料開放するという企画を立ち上げたり、活動がシンクロしながら縁が紡がれていった。

    そういう一連の流れを思い起こし、最初のきっかけを与えてくれた吉田さんにペイフォワードすることにした。

    吉田さんは、とてもよろこんでくれ、揺らぎから何かを生み出していくというプロセスに可能性があるといって、フェアリー基金というものを立ち上げ、そこに僕のお金を入れてくれた。このお金は、創造につながる揺らぎを増幅するために利用されていくとのこと。どんなことになるのかがとても楽しみだ。

     

    今まで、自動的にグーグルに広告費として引き落とされていたお金を、意図に沿って魂を込めて使い始めると、たった4カ月でいろいろな物語が生まれてきた。

    同時に、それは、僕の内在的世界を変化させるのにも大きな役割を果たすようになった。

    短期的、直接的なメリットが見えないものにお金を使うということに、僕たちは慣れていない。

    しかし、循環を意図するのなら、そこにこそ、お金を使っていく必要がある。

    いつまで続けられるかわからないが、8月もペイフォワード予算を使うつもりだ。

     

     

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