自己組織化の原理を使って世界をもっと自由にする

2年前、当時18歳だったエインにスカイプで自己組織化(Self-Organization)のことを、説明した。

今ではエインが日本語ペラペラになってしまったので、コミュニケーションは日本語で行っているが、当時は、英語でコミュニケーションしていた。

稚拙な英語を駆使しつつ、必死になって自己組織化の魅力を伝え、その中で登場するカオスの縁(Edge of Chaos)の概念を説明した。

エインは、”Masato, So Exciting!!”と叫び、それから自分でChaos theoryや、Self-Organizationについて調べ始めた。

エインのような人に何かを教えるときには、”Exciting!”と思わせてしまうだけでよい。あとは、勝手に自分で学んでいく。

こう書くと、僕がエインに何かを教えていたように見えるが、実際には教えてもらうことのほうが多かった。

仕事のことで、何か知りたいことがあれば、まず最初にエインに聞いてみることにしていて、そこで解決してしまうことが多かった。

 

自己組織化の概念は、エインと僕の間ではとても大切なものになった。

エインは、KnowCloudを、Self-Organized Learning Systemと呼ぶ。 並行してやっている個人やスモールビジネスをブランディングするサービス、Noovoでやっていることも、小さな動きに正のフィードバックをかけて動きを増幅して大きくしていくもの。これも、Self-Organized Systemだ。

僕たちは、Self-Organizationの原理を使えば、世界をもっと自由にできるんじゃないかと思っている。

 

反応拡散系は、様々な時空間パターンを作る

自己組織化によって生じる様々なパターンを調べるためによく使われるのが、Belousov-Zhabotinsky反応(BZ反応)である。

自己組織化が起こるためには、「わずかな動きに正のフィードバックがかかって増幅される仕組み」が必要である。

BZ反応には、化学反応によって生成された物質が、その化学反応の触媒として働く。この「自己触媒的な性質」があるがゆえに自己組織化が起こるのだ。

BZ反応は、反応物の濃度比などのパラメータの値によって、さまざまなパターンを産み出す。濃度が均質になるように混ぜると、ペトリ皿のちょっとしたキズやゴミなどをトリガーにして、そこを中心とした同心円状のパターンやスパイラルパターンが生成される。

では、こうしたキズやゴミの存在がパターン形成に不可欠なのかというとそういうわけではない。「均一である」という状態が不安定になり、対称性を破って構造が立ち上がろうとしているときには、ちょっとしたゆらぎがあればそれが増幅されていく。

キズやゴミはゆらぎとして存在しているだけで、それがなくても、ちょっとした濃度のばらつきなどを増幅してパターンは形成されていく。

当たり前だが、キズやゴミには、「ゆらぎ」としての意味以上のものはない。

 

細胞性粘菌はフラットなコミュニケーションによって自己組織化する

細胞性粘菌という生物を知っているだろうか?

一般的には有名ではないが、生物をやっている人、特に形態形成とか自己組織化をやっている人の間ではとても有名な生き物だ。

もっともシンプルな形で自己組織化を示すので、自己組織化を理解するためのプロトタイプとして利用されているのだ。

細胞性粘菌は、動物と植物との中間に位置する生物であり、単細胞アメーバと多細胞の移動体との2つの状態を繰り返すライフサイクルを持っている。

Dictyosteliu_lifecycle

胞子から孵ったアメーバは、動物細胞のように動き回り、バクテリアを食べて分裂して増えていく。

あたりのバクテリアを食べつくして飢餓状態になると、遺伝子のスイッチが入り、cAMPを分泌するようになる。

細胞の中には自律的にcAMPを分泌するものもあれば、興奮性を示し、cAMPのシグナルを受け取ると、自分もcAMPを分泌してシグナルをリレーするものもいる。

これらのアメーバ細胞が作り出すcAMPのパターンは、BZ反応のものとそっくりである。

その後、cAMPパターンの中心に向かってアメーバ細胞は集合し、移動体という多細胞体を作って動き回る。

自由闊達に動き回っていたアメーバ細胞の「個」はどこかに消失し、巨大な移動体という「個」が新たに生まれる。

「個」とは何によって決定されるのかという問題を考えるのに、細胞性粘菌はピッタリの生き物なのだ。

さて、僕がこの生き物を見ながら、「個とは何か?」「自由とは何か?」ということを考えていたとき、当時のこの分野の権威たちは、細胞群を、

・自律的に振動するペースメーカー細胞

・自分では振動できずに興奮性だけを示す細胞

の2種類に分け、細胞群の中にリーダー役のペースメーカー細胞が現れ、そこに向かって集まると説明していた。

僕には、この説明がどうしても納得がいかなかった。

 

生物の形態形成は、自己組織化の原理を用いているはずで、「わずかな揺らぎを増幅させる仕組み」が均一な状態という対称性を破って構造化するはずだと思ったのだ。

もし、リーダー役がいるのなら、そのリーダーはどのようにして生まれたのだろうか?

ちなみに、彼らは、それを「遺伝子のばらつき」によって説明していた。

 

細胞性粘菌のようなSocial Amoebaは、社会構造のメタファーとして捉えられることが多い。

社会システムが、生命系と同じ原理によって構築されているということで、その社会システムの正当性を主張する傾向があるのだ。

僕には、少数のアメーバがその他多数のアメーバに命令を下しているような捉え方は、少数の人間が多数の人間をコントロールしている社会構造を当たり前と捉えている人間が、そのような眼鏡で見た結果のように思えた。

 

たとえすべての細胞が均一でも、BZ反応のようにわずかな揺らぎを増幅してパターンは形成されるはずであり、その際、パターンの中心にある細胞には、特別な意味付けは存在しないはずなのだ。どの細胞も中心になり得るし、中心になった細胞は、たまたまそこにいたから中心になったのだ。

僕は、生命はフラットな関係で結ばれていて、場の状況が変化したことで、すべての細胞がいっしょに次の相へ移行していくというストーリーを可能にするメカニズムを探した。

すべての細胞が均一である場合、存在するのは密度ゆらぎなのではないかと思い、細胞の密度変化によって、振動が生まれるのかどうか、振動数が変化するのかどうかを調べた。

その結果、細胞の密度を上げていくことで、興奮系から振動系への移行が起こり得ることが分かった。

局所的な密度が高いところが興奮系から振動系へ分岐し、そこから波が広がっていく。波が広がることによって周りからアメーバ細胞が集まってきて、さらに局所的な密度が高くなり、振動数が大きくなっていく。

このようにして、密度に対して正のフィードバックがかかっていく仕組みがあればよいのだということが分かった。

そして、「ペースメーカー細胞なしで集合するメカニズム」というタイトルで論文を書いた。

この論文を投稿する前に、研究の場を去ることになってしまったが、それから13年後、日経サイエンスを読んでいたら、細胞性粘菌のパターン形成の記事が載っていて、僕のストーリーの正しさが実験によって確かめられたことが分かった。

自分だけの確信だったものが、科学的なプロセスによって証明されたことで、声を大にして言えるようになった。

「生命系は、フラットな関係によって結ばれ、自己組織化するシステムなんです。」

 

自己組織化が起こる場の創り方

「反転授業の研究」は、自己組織化の原理を用いて運営している。

グランドルールによって関係性をフラットにして、お互いを「●●さん」と呼び合うようにしている。

これによって、

「一歩踏み出せば、誰でも何かを引き起こせる」

「何かを引き起こすのに、肩書きや資格なんか必要ない」

という状況を作り出そうとしている。

 

つまり、最初から中心になる人(ペースメーカー)と、そこに集まる人(その他の細胞)みたいな構造を作りたくないのだ。

そのような構造は、ヒエラルキーを産み出し、個人の自由な動きを抑圧するようになるからだ。

 

でも、フラットな関係だけでは、自己組織化は起こらない。

揺らぎを増幅していく仕組みが必要だ。

 

おそるおそる手を挙げた人にポジティブなフィードバックを送って励まして、みんなで引き上げていく仕組み。

活動が正当に評価され、認められる仕組み。

 

手を挙げれば、誰かが続いてくれるという確信が、手を挙げやすくしていく。

それが文化として定着していき、次々と手を挙げ、一歩踏み出す人が増えると閾値を超え、自己組織化が起こる。

 

それは、自由な心を持った人たちのグループに起こる現象。

その現象が起これば、心がもっと自由になる。

僕たちが、生き物らしさを最大限発揮することが出来れば、場の温度はどんどん上がっていく。

「反転授業の研究」では、すでに、それが起こりつつある。

 

「反転授業の研究」で起こり始めているような自己組織化を、もっと広い範囲で、国境を超えて起こしていく。

そのためのプラットフォームがKnowCloudだ。

KnowCloudには、自己組織化の原理が埋め込まれる。

そこに参加する人は、どんどん生き物らしさを取り戻していくことになるだろう。

 

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