サイバースペースに生態系が自己組織化するためのプラットフォーム
エイン・アネと僕は、2年前から、Learningのスタイルを変えるための方法について、いろいろなアイディアを交換してきた。
エインにとってLearningは、CreationとかAdventureと結びついていたし、僕にとっては、Self-Organizationと結びついていたから、これらを融合したら面白いことができるんじゃないかと思った。
断片的なアイディアを交換し合っているうちに、あるとき、Big Pictureが見えた。それに、KnowCloudという名前を付けた。
KnowCloudは、まだ、エインと僕の頭の中、そして、アイディアと思いを共有してくれた福田美誉さんと内藤(榊原)涼子さんの頭の中にしかない。そして、その頭の中にあるものも日々成長している。
ある日、エインは、「KnowCloudの作り方が、突然分かった」と言い、すごい勢いでプロトタイプを創りはじめた。
エインの仕事の仕方は、いつもそうだ。
いつも突然始まる。
だから、僕も、それと歩みを合わせるように、自分の頭の中にあるKnowCloudの姿を言葉で表現することにした。
カオスと平均場による結合とのバランス
大学院でカオスについて学んでいるときに、Coupled Map Lattice(CML)というものに出会った。 (Wikipediaの説明はこちら)
CMLにはいろんな種類があるが、僕が出会ったのはたくさんのカオス振動子を平均場で結合したもので、カオスの強さ(Aとする)と、結合の強さ(Bとする)の2つの値を変えることで、様々な時空間パターンが表れるというものだった。
僕は、このモデルが表す様々なパターンに惹かれて、自分でもプログラミングを組んで、研究室のパソコンでずっと画面を眺めていた。
カオスが弱く、結合が強いときは、すべてのカオス振動子は一体となって振動する。
まるで1つの振動子しか存在していないみたいな均一な動きだ。
一方、結合を弱くしてカオスを強くすると、すべての振動子は、てんでバラバラに動き回る。
まさにカオス状態になる。
パラメーターを調整していくと、カオスの強さと結合の強さがバランスする領域が見つかってくる。
カオス結合子は、あるときは一緒に動き、あるときはカオス的になり、というように固定化されたパターンに落ち着かずに魅力的な振る舞いを見せる。そのパターンは、生き物を思わせるものだ。
僕が、カオスの強さと、均質化する力とのバランスで物事を捉えるようになったのは、このような経験が背景にある。
個人が平均値から逸脱していくのを抑える力が強まると、集団の振る舞いは、どんどん均質化していく。
それは、あたかもカオスを弱め、結合を強くしていったときの振動子の振る舞いのよう。
当時の僕は、自分自身は集団から逸脱していくこともせず、ただ、画面の中でパラメータをいじっていた。
自己組織化とは何か
外部から与えたパラメータによって、様々な秩序状態が変わるというアイディアは、僕にとってとても魅力的だった。
自然界のあらゆる構造物は、そのようにしてできあがっているのではないかと思った。
一様な状態、または、カオス的な状態からスタートして、外部のパラメータが少しずつ変化するにしたがって、様々な秩序が自発的に生まれていく。
そのようにして生まれた秩序は、外部環境とバランスしていて、外部環境が変化すると、秩序状態もそれを反映して変化する。
このような現象を自己組織化(self-organization)という。
自己組織化を端的に表しているものがベナール対流(Benard convection)だ。
液体の上面と下面の温度差と、液体の粘性がパラメータとなり、様々な対流パターンが生まれる。
温度差が大きくなると、対流パターンはどんどん乱流(カオス)に近づいていき、
粘性が大きいと、分子同士の結合が強く乱流になりにくくなる。
温度差という外部環境を変えていくと、それに応じて、最適な対流パターンが選ばれていく。
自己組織化する生命
このような自己組織化は、2つの異なる層が接するインターフェースで生じる。
ベナール対流は、高温の物体と低温の物体との間に挟まれた液体が、高温側から低温側へ熱を輸送するために最適な形態を取ろうとしてパターンを産み出す。
恩師の相澤洋二教授が、かつて、このような図を見せてくれたことがある。
これを見て、はっとした。
太陽光が地表を温め、高温の地表から、冷たい宇宙空間へエネルギーが移動て対流が生まれる。
地球と宇宙を繋げるインターフェース(=大気層)の部分に自己組織化した様々な構造物の1つとして生命が存在しているのだということに心の底から納得できた。
このときに得た確信が、今の自分の生命観の土台になっている。
そして、それ以降、「木」と「対流」とが同じものに見えるようになった。
外部の環境が決まれば、それに対応して一定の秩序が自己組織化される物体系に対して、生命は内部状態を持ち、外部の条件が同じでも様々な存在形態を表出させる。
これが、物質と生命とを区別する最も大きな要素ではないだろうか。
生命は、融通無碍な存在なのだ。
生命系はカオスの縁へと向かう
物質系と生命系の違いは、これだけではない。
生命系は、自ら環境をつくり変えていくのだ。
火山灰に覆われた土地に草が生え、草原が生まれ、少しずつ土壌が蓄積し、ついには森林が生まれる。
豊かな森林は、多くの植物や動物が共生し、炭素や窒素が循環している。
ネットワークは、自発的に複雑化していき、フラクタル的な構造を持つカオスの縁の周辺をゆらぐ。
自由に成長する生命系は、カオスの縁を目指して成長していくように見えるのだ。
動物や植物の自由な生き方は、生態系として様々な可能性を探ることになり、必然的にメタな構造が生み出されていく。
これが、僕が生命に対して抱いているイメージだ。
学ぶこと、成長すること、衰退すること、これらはすべてライフサイクルの一部。それぞれが、自分の生命を賭けて実験し続ける。
今、世界には、人間が作り出した多くのシステムがあり、人間は、そのシステムの中で生活している。
システムの中で生活していると、だんだんと自分が「生命」であることを忘れ、システムの一部として、一定のインプットに対して一定のアウトプットを返していくようになる。
つまり、生命系から物質系へと近づいていくのだ。
もう一度、自分たちの「生命らしさ」を取り戻したい。
そのための方法は、いくらでもあると思うが、エインと僕は、サイバースペースに自発的に複雑化していき、カオスの縁に向かうような生態系を作ろうと考えた。
そのためのプラットフォームがKnowCloudだ。
KnowCloudは、みんなが自由に種を撒くためのプラットフォーム。
かつて、研究室でパソコンの画面を眺めながらパラメータをいじっていた僕は、研究室を離れ、自分自身が生きている社会システムのパラメータ調整をしている誰かの思う通りにはならずに、生き物らしさを発揮して融通無碍に生きる道を体当たりで探し続ける。
最初は何もない荒れ地でも、みんなが種を撒き続ければ、少しずつ土壌が生まれ、必ず森林へと育つ。生命とは、命を繋ぎながらそうやって自分たちで未来を創っていく存在なのだ。
KnowCloudは、自分たちが生命であることを確かめ、自信を取り戻すためのプラットフォームになる。