『アクティブ・ホープ』のPart2は、自己という概念を空間的にも時間的にも広げていくことがテーマです。

これは、僕の人生のテーマと強くシンクロし、深くうなづきながら読み進めていきました。

細胞性粘菌によって導かれるイメージ

僕が「自己の範囲」というテーマと出会ったのは、大学院で生物物理を研究しているときでした。

自己組織化をテーマに選び、具体的な研究テーマを探していて出会ったのが、細胞性粘菌という土の中で生きている小さな生き物でした。

細胞性粘菌は、次のようなライフサイクルを持っています。

細胞性粘菌アメーバは、餌であるバクテリアを食べ尽くすまでは、有限の資源を奪い合っています。

しかし、すべての餌を食べ尽くし、飢餓状態になると、それぞれのアメーバの内部でスイッチが入り、化学物質を周期的に分泌し合ってコミュニケーションを取るようになります。

飢餓状態であることを認識したアメーバは、それまで餌を奪い合う競争相手であった個体と協力するために交流し始めるのです。

化学物質の波は、アメーバ集団を多いはじめ、そこにマクロな時空間パターンが生まれてきます。

アメーバは、化学物質の時空間パターンに従って一カ所に集まり合体します。

アメーバとしての個の境界は消えて融合し、移動体となって新しい環境を求めて移動していき、新たに生命を繋いでいきます。

学生時代の僕は、「つながること=同化すること」というイメージを抱いていました。

社会や親からの期待に押しつぶされそうになりながら、どうやってどこにも同化しない「自分」というものを確立すればいいのかということに悩んでいました。

個というものは何なのか?

集団の中でも埋もれない個とは何なのか?

そんなことを考えていて、細胞性粘菌をテーマに、集団と個の在り方を理解しようとしていたのです。

しかし、自分の生き方が変わるにつれ、細胞性粘菌のライフサイクルは、違ったストーリーを僕に語りかけるようになりました。

東日本大震災で「痛みを感じた」ことによって、僕の心の中のスイッチが入りました。

自由を得るために集団から距離を取り、個人としての利益を追求していた生き方を止め、周りと繋がるためにコミュニケーションを取るようになりました。

細胞性粘菌が、飢餓状態になってはじめてスイッチが入るように、「痛みを感じた」ことによって、「それまで通り」の物語から抜け出して、「大転換」の物語へとシフトしたのです。

細胞性粘菌のライフサイクルは、僕に、何をすればよいのかを教えてくれました。

周りとつながってシンクロの波を増幅し、自己組織化のうねりを生み出していくことこそが、自然界における「大転換」の物語であることを細胞性粘菌は、僕に教えてくれていたのです。

進化についての異なる物語

僕は、ネオ・ダーウィニズムでない進化論から多くのことを学んできました。

『アクティブ・ホープ』が、細胞共生説を引用しているのを読んで、ここにも仲間がいると感じました。

ネオ・ダーウィニズムの信奉者によれば、進化とは、種と種が生き残りを賭けて猛々しくぶつかり合う、激烈な競争の結果起こることである。だが現在の科学の本流で認められている考え方はそれとは全く異なるもので、「細胞内共生説」と呼ばれる。これは、私たちの進化における重要なステップは種と種の間の協力を通して起こったのであり、その協力の仕方は、別々の生命体が結合して新しい生命の形を生み出すほどだった、とする説だ。この説の中心的な提唱者であるリン・マーギュリスとドリオン・セーガンは、「生命は、戦いによってではなく、つながりにを作ることによって地球を自分のものにした」と書いている。

-- 『アクティブ・ホープ』 p133

自己組織化を学んでから、生命は自己組織化の原理に従って進化してきたはずだという確信を得るようになりました。

しかし、ネオ・ダーウィニズムは、生物は環境からの情報を遺伝情報に取り込む「獲得形質遺伝」をセントラルドグマで否定しています。

大学院を中退してから、在野の研究者として、ネオ・ダーウィニズムを乗り越える進化論の構築は、どのようにしたら可能なのかをずっと考え続けてきました。

その中で出会ったのは、獲得形質遺伝というテーマでした。

過去に獲得形質遺伝に取り組んだ多くの生物学者の文献を読み、獲得形質遺伝を可能にするメカニズムについて10年間、考え続けました。

すると、エピジェネティクスという現象が見つかり、植物でも、動物でも、獲得形質が遺伝可能であることが分かってきました。

これは、ネオ・ダーウィニズムを根底から揺るがすものです。

 

獲得形質遺伝の存在を認めると、進化というのは、世代を超えた長期間における「学びのプロセス」と見なせるようになります。

長い時間をかけて調和へ至るプロセスというように言い直してもよいかもしれません。

 

脳における学習というのは、ニューロン同士のつながり方を調整して、ニューロン集団である脳に高次の機能を生み出していくプロセスです。

これは、脳においてのみ起こっていることなのでしょうか?

僕は、もっと普遍的なものなのではないかと思っています。

巨大なアメーバであるフィザルム型真正粘菌は、体細胞ネットワークによって情報処理を行い、脳と同じように学習をすることができます。

それなら、遺伝子ネットワークも、同じように「ネットワーク学習」をするのではないか?

ネットワークのつながり方の調節をエピジェネティクスが行っていると考えれば、遺伝子ネットワーク学習の結果を次世代へと渡していくことが可能なのではないか?

そんなことを考えて、「エピジェネティクス進化論」という仮説を立てました。

このプロセスを、神経細胞ネットワーク(脳)→体細胞ネットワーク→遺伝子ネットワーク というようにミクロの方向へ辿る代わりに、今度は、マクロのほうに辿ってみましょう。

アメーバ型組織では、中心となるリーダーがいなくても、チームが連携して動くことにより、全体が一つの生き物のように動きます。このときには、個人の能力を超えたものが組織の中に生まれているはずです。

さらに、それを、コミュニティ、人間全体、生態系全体、地球全体と広げていくことも可能です。

地球全体を1つの生命体とみなすガイア理論は、このような視点から見ると、論理的に妥当な結論だと僕には感じられます。

 

『アクティブ・ホープ』では、「私たちは、様々な大きさの輪の一部である」ということが語られています。

何を自分にとっての利益と考えるかは、その瞬間、私たちが自分をどのような自己としてみているかに左右される。

-- 『アクティブ・ホープ』 p123

 

自己の輪を、コミュニティ、生態系、地球全体と広げていったときに、自分にとって利益だと考えることの中身が変わってきます。

これは、この2年間で自分の輪を広げてきたプロセスの中で、確かに感じてきたことです。

そして、大きなアイデンティティを持つようになることで、「行動したい」という強い衝動が生まれています。

異なる種類の力を使う

『アクティブ・ホープ』は、力には2種類あると述べています。

旧来の力=抑える力

もう1つの力=つながる力

つながる力とは、いったいどのようなものでしょうか?

力(power)という言葉は、ラテン語で「~することができる」という意味のpossereが語源である。今から見ていく力とは、他者を支配することでははく、私たちが置かれた滅茶苦茶な状況に対処することができる、という意味での力だ。それは、どれだけの物やステータスを持っているかではなく、洞察や実践、強さや関係性、慈悲の心や生命の織物とのつながりに根ざした力である。

-- 『アクティブ・ホープ』 p146

 

僕が、「反転授業の研究」を通して取り組んでいることは、教育を支配している力を、「抑える力」から「つながる力」へと転換していこうということなのだということを、『アクティブ・ホープ』を読み終えたときに言語化することができました。

国が抑える力によって学校を管理し、管理職が学校で抑える力によって教師を管理し、教師が教室で抑える力によって生徒を管理していく・・・。

このように抑える力が上から下へずっと降りていくのがピラミッド型社会です。

ピラミッド型社会では、それぞれの場所において、個が力を発揮することよりも、「上」が管理しやすいことをが優先されて「教育」されていきます。

この構造をどのようにして「大転換」していったらよいでしょうか?

「反転授業の研究」で出会った福島毅さんは、次のように言っていました。

「反転授業」の「反転」という言葉は、単に教室と自宅学習の順序を反転させるという意味だけでなく、教育のコペルニクス的な転換であるという意味も込められているのではないでしょうか。

僕が思い描いているのは、次のような「大転換」です。

(1)「反転授業の研究」でつながった教師たちが、「つながる力」によって価値を生み出しながら、「つながる力」について学んでいくことで、教室において、「抑える力」を手放し、生徒が「つながる力」を発揮できるように支援できるようになっていく。

 

(2)教師のアクティブな動きとシンクロしながら、管理職が「抑える力」を手放し、学校が「つながる力」によって学び合う「学習する組織」になっていく。

(3)ドミノ倒しのように、ボトムアップの動きが生まれて、力強いうねりが生まれ、より上位の階層が動かされていく。

思い描いている「大転換」の物語は、渦を巻き起こしながらゆっくりと進んでいます。

非線形システムにおいては、変化は連続的には起こりません。

閾値を超えたとたんに、不連続にドラスティックな変化が起こるのです。

ですから、閾値を超える一歩手前までは、何の前兆もないことが当たり前。ただ、作りたい未来へ向かって行動するのみです。

 

『アクティブ・ホープ』では、「つながる力」を受け入れる3つの方法が紹介されています。

・行動したいという衝動に耳を傾け、それに応えることを選択する。

・「力」という言葉を動詞として理解する。

・他者の強さを活用する。

「大転換」に向けて行動しようと決意して動き始めると、困難に対しても立ち向かう気力が沸いて来て、自分の中に解決策を持っていなくても、誰かが現れて助けてくれます。

コミュニケーションをとりながら、お互いの理解を深めていって、協力し合える関係を作っていき、組み合わせたことによって、一人一人じゃ生み出せなかった価値を生み出せるようになると、お互いをかけがえのない存在だと感じられるようになり、幸福感が満ち溢れます。

これも、僕が、2年間で体験してきたことです。

『アクティブ・ホープ』が語る世界は、僕の身の回りで現実に起こっていることです。

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