ジョアンナ・メイシー、クリス・ジョンストン著『アクティブ・ホープ』についての感想を連載している。

この本は、社会を変えていく活動の道標になる本だから、単に内容を紹介するのではなく、本で紹介されているワークを実際にやりながら、それが自分にどのような変化をもたらしているのかを報告していこうと思う。

世界を覆う3つのストーリー

この本は、3つのパートから構成されている。

「パート1 大転換」は、どのようにして、日常生活を送っている普通の僕たちが、冒険の旅へ旅立つことになるのかを明らかにしている。

著者は、3つのストーリーが現在進行中だと言う。

・ストーリー1 「これまで通り」

・ストーリー2 「大崩壊」

・ストーリー3 「大転換」

僕も含めて、多くの人の初期設定は、ストーリー1だ。

僕達は、自分の周りにある情報から世界観を作っている。

メディアや教育によって伝えられている情報をもとに世界観を作っていくと、次のような「これまで通り」物語を信じることになる。

・繁栄のためには経済成長が欠かせない。

・自然とは、人類の役に立つよう利用するものである。

・消費の促進は経済を発展させる。

・筋書きの中心にあるのは「人より前に出る」ことである。

・自分たち以外の民族、国、生き物の問題は自分たちが関知することではない。

※『アクティブ・ホープ』より引用

学校教育の中では、偏差値によって一元化された価値観に基づいた競争が行われ、学歴によって序列化される。

学校を卒業するとお金によって一元化されたヒエラルキーが存在し、その上位のポジションを占めるための競争が始まる。

大観衆の中で脇目も振らずに走っている競走馬には、レース場の外のことや、レース場を運営している仕組みについて考えている余裕はないのだ。

 

だが、何かをきっかけに、このバカ騒ぎの輪の外へ出ると、全く違う景色が見えてくる。

きっかけは様々で、受験に失敗したことだったり、就職に失敗したことだったり、病気になったことだったり、災害にあったことだったり・・・・。

自分自身がシステムの一部として動いているときは感知できなかったシステムそのものが、システムから弾き飛ばされたり、システムが故障したりしたことで、突然、目の前に現れてくるのだ。

僕自身は、生まれてから28歳で大学院を中退するまで、脇目も振らずにレースに参加していた。

先頭集団にいることに誇りを感じ、途中で脱落していく人たちに目もくれず、少しでも順位を上げるために全速力で走っていた。

家族のトラブルで大学院を中退し、レースを棄権してレース場の外に出てはじめて、自分がどのようなレースに出走していたのかを理解することができるようになり、誰かが決めたレースに出走するのではなく、自分の足で進む方向を決めて、自分のペースで歩き始めた。

レースに勝つことが幸せだと信じて生きてきた僕が、レース場の外に幸せを見つけようと動き始めるためには、5年以上の年月が必要だった。

そして、レース場から離れた場所に、ささやかな自分の居場所を見つけて穏やかな生活を始めた。

 

レース場とその周辺世界が、より大きなシステムの一部だということに気づいたのは、東日本大震災のときだった。

津波と原発事故によって、自分を取り巻くシステムに亀裂が入り、その存在が、突然に目に入ってきた。

現実を見つめることは、それまでの穏やかな生活には戻れなくなることを意味しており、新たなカオスへの突入を予感させた。

自分を取り巻く社会システムについての探求が否応なくスタートした。

それまで強固な地盤だと信じていたものが、簡単に崩壊する可能性があるものだと思うようになった。

自分自身や、自分の子どもの世代がどのように生きていったら幸せになるのか。

またもや見えなくなった。

 

『アクティブ・ホープ』には、「これまで通り」物語の外に出てしまった人たちは、システムの持続可能性に疑問を持ち始め、不安に襲われる様子が書いてある。

・経済の衰退

・資源の枯渇

・気候変動

・社会的な分断と戦争

・生物種の大量絶滅

※『アクティブ・ホープ』より引用

これらは、311より前は、自分にとって、どこか他人ごとで、遠い世界の話に過ぎなかった。

しかし、社会システムについて考え始めてから、大きな因果関係と自分の生とが、密接に結びついていると感じるようになり、それらを自分と切り離せなくなってきた。

それは、同時に、社会の様々な問題が自分の上に重くのしかかってくることを意味していた。

個人で取り組むには大きすぎる問題に対面して、どうしたらよいか分からなくて無力感を感じた。

かつてのような安心感を持って生活するために、社会システムの矛盾を見なかったことにして、幻想の中に逃げ込みたい・・・という気持ちもあった。

このとき自分の支えになったのは、かつて5年間のカオスを乗り越えたという経験だった。

また、自分よりはるかに厳しい状況の中で、レジリエンスを発揮して前に進んでいる友人たちの姿が励みになった。

 

陸前高田の支援に立ち上がった友人

2011年3月14日、僕は、兵庫県の尼崎市にいた。

3月11日に地震があり、12日に原発が爆発したことを知り、急いでWikipediaでチェルノブイリのことを調べたら、300kmの距離にホットスポットができたと書いてあったので、関西まで家族を連れて移動して状況を見守ったほうがよいと判断し、仙台から山形へ車で抜け、そこから飛行機で関西へ飛んだのだ。

疲れ切って空港で休んでいたときに、予備校講師仲間の長野研一さんから電話がかかってきた。

「大丈夫だった?」

「うん。とりあえず無事ですけど、そっちは?」

と聞いたときに、はっとした。

長野さんは、岩手県の陸前高田市の出身だということを思い出したからだ。

津波によって大きな被害を受けたというニュースを聞いたばかりだった。

 

それから何カ月かして、長野さんと話をする機会があった。

その頃、長野さんは、毎週のように東京から陸前高田へ通っていて、復興支援に走り回っていた。

僕が、もともと長野さんに抱いていた印象は、クールで、ちょっと冷めているような感じの人で、社会活動とは全く結びつかないものだった。

だから、その長野さんが、NPO法人「明日の希望」を設立し、あまりにも大きな被害に心が折れそうになっている地元の人を励ますために、自分たちの写真にメッセージを添えたポスターを作り、町中に貼って回ったりしていることを知って驚いた。

でも、それが、本当の長野さんの姿なんだと思った。

長野さんの写真のポスターには、「やれることは、何でもやるよ。」と書いてあった。

長野さんは、感情を押し殺したような話し方で、陸前高田のことを話してくれた。

陸前高田は何も進んでいないのに、東京では、すでに震災が過去のことになっていると言っていた。

その話し方から、言葉にならないものが伝わってきた。

NPO法人 明日の希望

自分自身の体験、長野さんを通した間接的な体験。

自分が生み出している世界の中で、社会システムのひび割れはどんどん広がり、どうやっても元に戻れなくなった。

取り返しのつかないことが起こり、とんでもないことが未来に待ち受けているように感じた。

「大崩壊」に大きなリアリティを感じ、同時に、それに対して自分が何もできないような気がした。

再び、混乱の中に入っていくことになった。

 

3つ目のストーリー 「大転換」

『アクティブ・ホープ』では、3つ目のストーリー「大転換」という変化が起こりつつあると言う。

産業成長型社会の行き詰った経済システムによって傷つけられた世界を元通りにすることを最優先とする生命持続型社会への移行を意味するのだそうだ。

それは、社会の末端で起こっているだけのように見えるが、あるところで閾値を超えると、新たな主流派になるのだと言う。

 

311の後の4年間、僕は、カオスの中でばたばたしながら、新しく自分の足場になるようなものを探し続けてきた。

 

社会システムのひび割れは、社会の末端で起こるから、社会の末端にいる人が、最初に気づいてカオスに突入し、そこから抜け出すために、様々な試行錯誤を始める。

だから、新しいパラダイムは、旧社会システムの末端で生まれるのだ。

遠く離れた末端は、旧社会システムの矛盾が出現しているという点でシンクロし合い、それらが繋がってうねりを生み出すトランスローカルが起こるとき、おそらく、閾値を超えて新しいパラダイムが生まれるのだろう。

このような社会変化における大局的なイメージを獲得するのに、かつて大学院で学んでいた自己組織化という考え方がとても役立つ。

『アクティブ・ホープ』は、大転換のストーリーを、次のような3つのアプローチに分けて説明している。

1)待ったをかける

2)生命持続型のしくみを作る

3)意識を変える

社会システムは巨大で、個人がどんなことをしても変化しないように思える。

でも、そこに自己組織化のしくみが働くと、個人の範囲を超えた動きが生まれ、それは、社会システムを変化させる力を持つ。

カオスの中ではじめた小さな試みであるFacebookグループ「反転授業の研究」は、自己組織化のしくみが働き、わずか2年間で3600人を超えるグループへと成長し、さらに、毎月、約100名のペースで増え続けている。

気がついたら、自分自身は、大転換の大きな流れの中に巻き込まれ、その中でエンパワーされ、また同時に、周りをエンパワーしている。

『アクティブ・ホープ』に書いてある「大転換」のストーリーは、今の僕にとっては、本の中のものではなく、現在進行形で進んでいる自分自身のストーリーだ。

何かができそうだから行動するのではなく、自分が望む未来を自分たちで創りたいからそのために行動し始めると、大きなエネルギーが湧いてくる。

 

『アクティブ・ホープ』は、厳しい状況の中で最善の反応のすることができるように3つの道しるべを紹介している。

・冒険物語

・アクティブ・ホープ

・スパイラル

行動することを決断し、動き始めると、次々と仲間と出会い始める。

それは、まさに冒険物語の世界と同じ感覚だ。

困難が次々と訪れるが、自分の中にはなかった解決方法が外からやってきて、何とか乗り越えられていき、その経験を通して、意識のキャパシティがどんどん広がっていく。

自分たちが望む世界の実現に向けて意識を集中させ、そこで起こる全てのことから学びながら進んでいく。

ここで、紹介されている「つながりを取り戻すワーク」は、生き物が持つ融通無碍な性質を最大限発揮することを助けるものだと思う。

(1)感謝の気持ちを感じる。

(2)世界に対する痛みを大切にする。

(3)新しい目で見る。

(4)前に向かって進む。

(1)-(4)を繰り返し、スパイラルを描きながら進んでいくのだ。

感謝の気持ちを感じると、自分がたくさんのものを世界から受け取っていることに意識を向けることができる。

世界に対する痛みを感じることで、自分の範囲が広がり、自分が受け取っているものを、痛みが生まれているところへ送っていきたいという気持ちが生まれる。

広がった自己を通して世界を捉えると、今までとは違った光景が見えてくる。その光景の中で、次の一歩を決めて踏み出すと、スパイラルが回り始める。

 

このスパイラルは、周りのスパイラルを回していく力を持つ。

ここには、ペイフォワードの仕組みが含まれているのだ。

あなたの行動に感謝を感じた誰かが、誰かへ向かって行動を起こしていく。

それは、ドミノ倒しのように広がっていきながら、大きなうねりを生み出していくことができる。

最初は、ゆっくりと静かに回っていたスパイラルは、力強くエネルギーを外側に噴き出しながら回り始めるだろう。

そして、その動きが閾値を超えると、個人のレベルを超えたマクロな動きが生まれるはずだ。

 

アクティブ・ホープ(3):新しい目で見る

 

 

 

 

 

 

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